虹の上横丁

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 たくさん動いたからだろうか。  心地よい疲労を感じる。  ごろんと横になる。  雲の世界は、どこでもベッドかのように、ぽわん、と身体を優しく包み込んでくれる。  ポケットを叩く。  ピアスがある。  大きなあくびが、宇宙を目指して天高く昇っていく。    うとうとと眠りかけた時、ぼーっと見つめた先に、赤ちゃんを連れた女性を見つけた。  わたしは優しさを渡すために、立ち上がった。  眠りかけた身体は、思ったようには動かない。  ぐら、と揺れた。  体勢を立て直そうと、力を込めた左足が、宙を踏んだ。  バランスを崩した私は、木の葉が舞うように、ゆぅらゆぅらと落ちていった。だんだんと、虹の上横丁が、駅が、遠く遠く、離れていく。  気づけばそこに、線路はない。  天空の孤島が、小さく小さくなって、点になって、弾けるように視界から消えた。 「久しぶり! 元気だった?」  暗い世界。頭上から、あなたの声がした。  瞼の扉を開けると、眩しい世界が広がっていて、足は硬い地をとらえていた。  会いたかった人が、目の前で笑っている。  いつもの待ち合わせの場所に、わたしはいつからか居たらしい。  右の腕を見て、左の腕を見て、お腹を見て、足を見た。  なんだか、いつもの服と違う。こんなモノクロームな服、冠婚葬祭やら就職活動でしか纏わなかったように思う。どうしてわたしは今、こんな服を着ているんだろう。 「ごめんね。なかなかここに来れなくて」 「ううん。髪、だいぶ伸びたね。似合ってる」  視覚から脳に流れ込む今は、色鮮やかで、眩しいほどに煌めいている。  ポケットを叩くと、小さい何かの感触。  手を入れて、それを取り出す。 「あ、このピアス……懐かしいなぁ」  いつもより高いあなたの声が、見た覚えのない幼いあなたの顔が、パッと眩しく、無邪気に咲いた。 「これ、ずっと使ってるとさ、深い色に変わるんだよ。毎日の変化はほとんどないけどさ、気づくと全然違う色になるんだよ」  右の腕を見て、左の腕を見て、お腹を見て、足を見る。  色のある服、靴、アクセサリー。歩く虹のような、カラフルな自分。  互いの背格好が、伸びて、縮んで、定まらない。    どうしてだろう。  わたしが会いたいあなたの姿に、刹那会えたはずなのに。  願っても、願っても、再び会うことが叶わない。  ふわふわと崩れて、もくもくと形を成すけれど、どこか、求めるあなたと違う。  それが、どうにも、心地悪かった。  けれど、これはもしかして、長い間会えなかったあなたからのプレゼントなのではないかと考えれば、心の奥に火が灯るようだった。  これまでに見せることができなかった間違い探しを、今、楽しませてくれているのではないかと考えると、頭の先から足の先まで、ジンジンと熱くなるようだった。 『こっち、こっち』  姿はない。けれど確かに、ピアスをくれた女の子の声がした。 『こっち、こっち』  導かれて、の手首をぐいと引きながら、駅へと向かって走り出す。  地を這う線路から、虹が伸びていく。  虹色ラインの列車に乗り込んで、ガタタン、ガタタン、宙を駆けた。  たどり着いた雲の上、手首をギュッと握ったままのその人の姿が、足元から、あの日あの時の姿へと、捏ねて伸ばして形作るように、生まれ変わっていく。  モノクロームと、虹色の光。  時折、わたしの側にいてくれる人は、ろうそくの火をふぅと吹き消すように、光に紛れて消えてしまう。  けれどその人は、待てばふわりと、虹のように儚い姿で、わたしのもとへと戻ってきてくれる。  だから安心して、会いたいあなたに会えるとわかっている、この優しい天空と虹の世界で、わたしは今を、生きている。 〈了〉
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