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休日に着るブレザーのジャケットは別の人のもののようだった。学校のある日よりもずいぶん遅い時間に支度をして車に乗りこむ。前に座る黒い服を着たお父さんとお母さんは他愛ない話で笑っている。何事もなかったみたいだ。ふたりが死んで二年も経てば僕もこうやって笑えるだろうか?
動きだした車は景色を流す。休日の軽い空気が伝わってきていつの間にか目を伏せていた。
ばあちゃんが最期に見た景色はなんだっただろう。少なくとも最期に会った人は僕だったようだ。あの頃はまだ小学生で、塾のない放課後はよく遊びに行った。家でひとりでいるより、ばあちゃんが編み物やパッチワークをしてる横で宿題をするのが好きだったから。おやつの時間にはよくほめてくれて、他の人のそれよりなんとなくばあちゃんの言葉の方がうれしかった。
あの日も向かいあってそれぞれ仕事をして、合間にクッキーを食べた。小さな口でクッキーをかじりながら完成したバッグを誇らしげに見せてくれたのをよく覚えている。明日のサークルで提出するのよ、と。でも結局はサークルに顔を出さないままに亡くなってしまった。
しわの深い顔でまた明日ねと見送ってくれたばあちゃんが、次のときには眠ったままだなんて、夢にも思わなかった。今だってどこか信じられないでいる。わざわざ思い出さなければばあちゃんに会えないことが全てを証明しているはずなのに、体のどこかに鉛玉でもあるような感覚が離れない。
なんの容赦もなく車は小洒落た中華料理店に向かい突き進む。もう少し僕が長居していたらばあちゃんの倒れる瞬間に救急車を呼べていた? そもそもあんなに元気だったのに、どうしてあんな風に死ななくちゃいけなかったの? そうだ。どうして僕が最期なんだよ。また明日だなんて、まるっきり嘘だったじゃないか。
車内に置かれた芳香剤の森の香りに鼻がつんとする。車で十五分の道のりは不思議な長さを持っていた。
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