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周りから五分ほど遅れて松花堂弁当を完食する。食べるのに一生懸命で気づかなかったが部屋の中は落ち着いていた。いまだ離席中のミエコさん以外のきょうだいたちは世間話を、お母さんたちはスマホを見ながら仕事の近況を話している。
知らぬ間にかえって手持ち無沙汰になってしまったのでお墓参りの前にトイレを済ませることにした。椅子を静かに引き、部屋の壁に沿って移動する。ミエコさんの席にはまだ半分ほど残った弁当だけがある。あれだけしゃべっていれば当然だと少し毒づいてから個室を出た。
黒いタイルの廊下を軽く体を伸ばしながら歩いていると、トイレのある角からふいにミエコさんが現れた。肩がぶつかりそうになる。
「あぁ、ハルくん……。ごめんなさいね」
わずかに声が震えている。しわのある垂れた目尻は赤い、ような気がした。突然の出来事に体が固まる。その間にミエコさんは僕と壁の隙間をするりと抜けて行ってしまった。ふり返るとミエコさんの背中はずいぶん小さく見えた。
確かにトイレに立ったにしては長いと思った。でもそんなプライベートなことを悶々と考えるほど、暇でも失礼でもないから気にしてなかった。けれど、もしかして――泣いていた?
あれだけ元気に僕に質問していたミエコさんが? トイレでひっそりと? まさか。そんなわけ。ありえない。
心のなかで否定の言葉を重ねるほど、違和感がじっとり積もって胸が沈んでいく。ミエコさんの姿と僕の意地が反発しあって互いを削りあう。どちらが勝つかは、僕次第。
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