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若いってだけで人は残酷な生き物だと思う。近い未来のことしか考えていないから、言葉も行動も思いついたら止まらない。
「あら、早瀬ってスリッパ履かないんだぁ。裸足とか、きたねぇな」
いつもは僕が一人になるように頑張っているクラスメートが、今日は数人で僕の机を囲んでいる。
もう無邪気ではない、悪意が同じ制服を着て見下ろしてくる。
――僕らは十七歳になっていた。
「返事くらいすれば? 早瀬はるきさーん、スリッパどうしたのぉ? 捨てたのかな、ごみ箱見てみたら?」
そうか捨てたのか、ごみ箱なんだ。
「早く拾いに行ったら?」
席に座っている僕には、机を囲むクラスメートたちのお腹の渦がゆらゆらしているのが見えている。
「早く行けよ」
「……」
裸足のままでもかまわないけれど、スリッパを無くしたと言えばお祖母ちゃんは怒るだろう。捨てられたと言ったなら、お父さんはには情けないと馬鹿にされるだろう。
のろりと席を立った。教室の後ろにあるごみ箱に向かう僕の背中には、嬉しそうにも思える笑い声がいくつも飛んできた。
「あった? 良かったじゃん。教えてあげたんだからお礼言わないと」
朝だったからごみ箱の中には僕のスリッパだけが入っていた。何度か手のひらで埃を払い足を入れたら、笑い声が広がった。
「ねえ、お礼は?」
席へ座ろうとした僕を、クラスでも活発な女子が肩を押して止めた。
「喋れないの? 教えてあげたのに感じ悪いねー」
だから僕は座るのをやめた。立ったまま、彼女と視線を合わせて言ったんだ。
「ありがとう。お礼に、教えてあげる。今すぐ帰る準備をした方がいいよ、急いで」
「は? 何言ってんの、馬鹿じゃない」
「……赤、もうほとんど黒だから急がないと」
「何言ってんのこいつ」
徐々に彼女の怒りが増していっているのは渦を見れば分かる。だけどそれもすぐに――。
「井上さん! 井上さんいる?」
普段は走るなと言われている廊下から慌ただしく教室に入ってきたのは担任の松田先生。
「はい? 何ですか先生、そんなに慌てて」
「すぐ帰る準備しなさい、先生が車で送るから」
「は? どうして」
「病院に送るから! 詳しいことは車で、早くっ」
先生が井上さんの机まで行き「これね」と鞄をつかむ。
「え、やだ……なに」
先生は井上さんに早く来るようにと言い、また慌ただしく廊下へ飛び出して行った。
「走っちゃいけないのにね」
呟くと、井上さんと一緒に僕を囲んでいた数人が無言で僕を見る。
「あんた、なんで……」
「あー、もう黒だ。間に合わないから、ゆっくり帰って会ったらいいよ……『お母さん』に、ね」
僕の言葉に、井上さんは叫びながら教室を飛び出した。
静まりかえる教室で、僕は席に着いた。周囲はざわめいていたけれど、僕を囲んでいた数人は静かだ。
「おまえ、何で分かっ」
「まだしたほうがいい? お礼」
チャイムが鳴り、みんなが何か言いたげにしながらも席へと戻っていった。
まあ、担任がいなくても、井上さんがいなくても、この教室にいる殆どの人間の日々は変わらない。
だってみんな嘘の中で生きているのだから。笑顔で心の色と真逆の言葉を発し、毎日毎日ゆれる渦を育てている。
「ハルキ、大丈夫か? あんなこと言って、逆恨みされないか」
「フユキ、大丈夫でしょ。だってフユキが助けてくれるもん。僕はもう、うんざりなんだよ」
人の醜い部分が見えてしまうなんて、僕らには隠されもしないなんて、そんなのは。
僕らが生きるにはあまりにも、残酷すぎるから――――。
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