6人が本棚に入れています
本棚に追加
そんなふうに忘れられてしまうから、お父さんに訊いたんだ。
「僕も……一緒に行ってもいいの?」
「当たり前だろ」
返ってきた言葉に安心した。お父さんは、僕のことを捨てるかもしれない。それだけが心配だったんだ。
引っ越しは、お母さんと一緒ではなかった。お父さんとお母さんはさよならをするらしい。そのことに、悲しそうなお父さんを見ながらも僕は心の中でほっとしていた。
お父さんがこの家を出る、僕には心当たりがあった。それは少し前の夜中に起こったんだ。
「おい!起きろ」
寝ていた僕の体が突然に浮く。
「お、母さん?」
「ずうずうしく寝てんじゃねーよ、起きろ!」
学校に通い始めてからは、夜中に外に出されることが無かったから僕はすっかり油断していた。何が起きているのか分からないまま、玄関に引きずられていく。
「出て行け!」
「え……」
「出て行け! 早く出て行けー!」
「は、はい」
分からないまま、とにかく急いで靴に足を入れようとした。
「裸足で出ろ! お前に靴なんか要らんわ」
手にした靴をはたき落とされる。何度も背中を蹴られ外に押し出されると、僕の髪の毛をぐしゃりとつかむお母さん。立つことも出来ないまま暗い外の廊下を引きずられながら、階段の前に連れてこられた。
それは、何の前触れも戸惑いも無く起こった。
「え、おかあ、さん……?」
僕の体が、宙に浮かんだ。薄い月明かりに照らされた壁がぐらりと回る。直後に、硬いコンクリートが腕や背中、頭や顔にぶつかり激しい衝撃を受けた。
「……っおか……さ、なん、で」
僕、落ちた? どうして。
衝撃は平らな場所で止まった。落ちていく間、半分は空を飛び、途中からは転げ落ちていった。
まだうずくまっていたい体になんとか力を入れて、僕がさっきまでいた所を見上げた。
僕の目には、恐ろしく冷たい顔をしたお母さんが映っていた。
急激にあちこちが痛みを伝えてくる。頭からも、顔からもドクドク血が流れるのが分かった。だけど僕を見下ろすお母さんの表情には何の焦りも見えない。
「ハルキ、もうよそう」
同じ痛みを感じているフユキの声が聞こえた。
フユキは僕の心を感じている。
「フユキ……」
そうだねフユキ、もうよそう。
何も期待しない。誰も信じない。僕らを要らないという人のことを、ぼくらも必要としない。
この先僕らの存在を消したい人がいるなら。
これからは……反対に僕らが消してあげるよ――。
最初のコメントを投稿しよう!