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窓際から見える世界
布団に潜ってフユキと手遊びをしたり、夢のお話をしたり。ただ何もなく部屋のどこかをじっとを見つめるだけのときも。そうやって僕とフユキは時間を過ごす。
フユキと天井を眺めていると、窓の向こう、ここは六階だからもっと向こう、離れた場所から明るい声が響いてくる。
「きっとたくさんの子どもが遊んでいるね」
「笑ってる、わぁーって喜んでる声だね」
僕らは外の世界の音を聞くのが好きだ。鳥の声も雨の音も、楽しそうな大きな笑い声も。
「ね、覗いてみない?」
「フユキ、ここは六階だよ。窓からじゃ、下の公園は見えないよ」
僕らがいる建物、窓の向こうには沢山の車が駐まっていて、奥に小さな公園があった。そこから聞こえてくる笑い声は僕とフユキの心を寂しくも温かくもしてくれていた。
「ここからじゃ見えないけど、あっちからならきっと見えるよ」
フユキの言葉に驚いた。
「でもあっちは……」
フユキの言う『あっち』、それは隣の部屋のこと。公園は窓から見下ろしたとき左端にある。僕らの部屋からは公園の入り口までしか見えないけれど、隣の部屋からならもう少し遠くまで見えるはずだ。
「でも」
僕は胸がざわざわしていた。
「今ならあの人いないから大丈夫さ。ちょっとだけ、窓から覗くだけなら分からないさ」
胸のざわざわが止まらない。隣は、お父さんと『お母さん』の部屋だから。こっそり入ったことが分かってしまったら。窓から眺めているときに突然帰ってきたとしたら。
「ハルキ、だめ?」
つまんなそうに言うフユキを、僕は胸がどきどきしながらも止めようとした。
「いいなぁ、僕らも滑ってみたいね、あの赤い滑り台」
フユキの言葉に、ここに初めて来た日を思い出す。お父さんに連れられて車を降りたとき、小さな公園が見えた。滑り台と砂場、ブランコがあるだけの小さな場所は低いフェンスに囲まれ、僕らと同じくらいと少し大きな子どもが何人かで遊んでいた。
『ハルキもここで遊べるぞ』
お父さんはそう言ったけど、僕は一度もあの滑り台に上がったことがない。僕もフユキも、あの日から外に出ることは無かったから。
「よし、見よう」
「本当、いいのハルキ?」
フユキの声が明るくなった。
「いいよ、見るだけだし。ちょっとくらい大丈夫」
「やったぁ」
僕は張り裂けそうな胸に手を当て大丈夫、大丈夫と呟いた。そして部屋から出ると、誰もいないことは分かっているのに物音を立てないようゆっくりと歩き、お父さんたちの部屋のドアをそろりと開けた。
「あの人のにおいだ」
フユキの言うとおり、お化粧のにおいがして胸の音が早まったけれど、周りを見ずに窓際へと向かった。
「よく見えるよ!」
「しっ、声が大きいよ」
口に人差し指をあててフユキを促したけど、僕も声を出してしまいそうなくらい公園の中がよく見えた。
滑り台にもブランコにも誰かがいた。話している内容までは聞こえないけれど、笑い声はここまで響いてくる。自然と僕もフユキも顔がほころんだ。
「さ、もう戻ろう。ちょっとだけって約束だし」
「えー、もう終わり?」
本当はもっと見ていたい、楽しそうな雰囲気を感じていたい。だけどこの部屋はあの人のにおいがいっぱいで、すぐ隣に立っているのかと間違うくらい緊張してしまう。
「ね、明日も見に来ようよ」
フユキの言葉に僕は少し考えて、頷いた。
この部屋に入ったことを知られたら、僕もフユキもまた痛い思いをしなきゃいけない。それは何回か、どのくらいの時間続くのか、今度は何を使われるのか。想像するのも怖いけど、それでもフユキに頷いてしまうくらい外の世界が羨ましい。
遠くから眺めるだけ、それだけでいいから……。
だけど僕らは子どもだった。僕とフユキはあれから毎日のように隣の部屋へ入った。公園を眺め、声を聞き、僕らは新しい日課を楽しんでいた。
だから浮かれて気づかなかったんだ。次第に大胆になっていった僕らが犯した失敗に。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、もうしません、許してください……ごめ、ん……さ、おか……ぁさ」
……フユキ、大丈夫? 痛い?
ハ……ルキ……ダイ、ジョ、ウ、ブ?
イタイヨ、ハルキ、ハルキ。
ぼく、も、痛い……フユキ、ごめん。
ごめんね、フユキ――――。
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