邪魔者はもういないから

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邪魔者はもういないから

「ねえ、(はるか)先生が今どうしてるか知りたい?」  聖也の気を引きたくて、朝奈はその名を口にした。三ヶ月前、遥先生が突然この塾を去って以降、どんな話題を投げかけても聖也がほとんど上の空だったから。  狙い通り、聖也は手元の問題集から顔を上げ、切れ長の目を見開いた。朝奈は中学受験対策に励む周囲の同級生たちをちらりと見やってから、隣席の聖也に額を寄せる。彼の前髪から、ほんのり甘いシャンプーの匂いがした。 「駅前のカフェで、バイトしてるらしいよ」 「それ、本当?」 「もちろん。先生と同じ大学に通ってる従姉妹からの確かな情報。二人でこっそり会いに行ってみる?」  言いながら、朝奈は試すように聖也の表情を伺った。朝奈は高を括っていた。聖也にそんな勇気あるはずがない。親から禁止されているという理由で、彼は放課後の些細な寄り道さえしたことがなかった。  だから次の瞬間、耳を疑った。 「行こう。すぐにでも」  聖也は、まるで何かに追い立てられているような、気迫に満ちた眼差しを朝奈に向けた。 「どうしても、遥先生に話したいことがあるんだ」  朝奈は狼狽えた。ちょっと揶揄(からか)ってみただけだなんて、とても言い出せそうになかった。  その時、自習室の扉ががらりと開き、塾長が険しい顔を覗かせた。どことなく弛緩していた生徒たちの表情に一気に緊張が走る。  さっきの会話など無かったみたいに、聖也は淡々と問題集に向き直った。
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