虎須くんのポケットの中

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「あ。兄ちゃん。と、彼女?」  弟か。と気づいて挨拶の口を開こうとした瞬間、虎須くんの咎め声に遮られた。 「おいケンジ、リビングにいろって言ったろ」 「だって兄ちゃんずっと玄関で仁王立ちしてたから」  やはり。 「なっ……違わい。マンガはリビングで読めっ」  口を尖らせながら渋々出て行こうとした弟は、「あ、そうだ」とくるりと振り返った。 「母ちゃんにパーカー洗うから取ってこいって言われてたんだった」  椅子に掛けてあったパーカーを手にした弟の背中を追いやって、一息ついたという顔つきで虎須くんは振り返った。 「ごめんごめん。ここ弟と相部屋なんだよ」 「えっ、そうなんだ。それは……2人きりではあるけど、ちょっとそわそわするね」  人気のない学校や帰り道よりも、「2人きり」感が薄いのではないかと不満に思い、ちょっと嫌味っぽく言ってしまう。  そんな私に、なぜか虎須くんは不敵な笑みをみせた。 「ふっ。今日は真の2人きりになるために手嶋のこと呼んだんだぜ」 「真の2人きり?」 「ぜってぇ誰も来ない場所」 「そんな場所がこの部屋にあるの?」 「それはな。ポケットの中だ」 「え、意味わかんない」  訝しむ私に満足そうに頷きながら、虎須くんは腰を横に突き出してズボンの右ポケットを示す。 「まあまあ、論より証拠だ。さあ手嶋、俺のズボンのポケットに手を入れてくれ!」  え、まじで言ってる? コートのポケットとかならまだしも男の人のジーンズの前ポケットに手を突っ込むとか、なんていうか卑猥な!  と、かなり引いてる私の手首を虎須くんが掴んで、流れるように私の手はポケットに差し込まれた。  ギャー、虎須くんの下半身――――  ――の感触はまったくなく、ポケットの奥で手が空を切る。その手がすごい吸引力で吸い込まれる感覚がした。突然めまいがして思わずギュッと目を閉じる。  そのままジェットコースターみたいに体が急降下する感覚に襲われて、私は床に両手をついた。
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