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「ここはいったいなんなの?」
せめてこの状況の説明をしてくれたら見直すかもしれないと思い、私は尋ねた。
「先月、俺が従兄弟に会うために東京に行ったときのことだ――」
あ。虎須くんの自分語りが始まってしまった。普段なら痛々しくて可愛いなあと慈愛の心で眺める一コマだが、こんな状況下では苛立つばかりだ。
「ふと立ち寄った下北沢の小さな古着屋で、俺はこのヴィンテージジーンズと運命の出会いを果たしたんだ」
「へーそうなんだそれで?」
「その店の、黒のとんがり帽にビロードのマントを羽織った銀髪の店員が言ったんだ。『このジーンズには、身につけると発動する時空ポケットが付いています。貴方が求めていたものでしょう』とな」
魔女かよそいつ。
「小遣いはたいて買って帰って、試しにポケットに入ってみたらこの空間でさ。ここはまさに俺たちの求めてた、初めてにうってつけの場所だと――」
「んなわけあるかーー!!!」
思わず平手でスパコーンッと虎須くんの頭をはたいた。
「え? え? どうしたんだ、手嶋」
「こんなおかしな空間でパンツ姿の彼氏と初キスしたい女子がいると思うっ!? もっとムードとかシチュエーションとかあるでしょう!」
「え、そうなのか?」
「全然わかってないしセンスがない! 服のチョイスも絶妙にダサいし、腰のチェーンだって全然似合ってないっ!」
私は煮えたぎって、虎須くんがなぜか手に持っていたシルバーの長いチェーンの端っこを勢いに任せて奪い取って、えいやっと放り投げた。
「ああっ……!」
遠くから長く伸びていたチェーンは、ジャララッという音を立てて空間の向こう側に消えてしまった。
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