最後のビデオレター

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「--------- 続いては、新婦のお母様によるビデオレターです。」 司会の声とともに、式場が暗転する。私の座る位置の向かい側、ゲストの位置の背面に向かってプロジェクターから一筋の光が照射される。一部のゲストが遠慮がちに騒めき、光の向かう先を感じて席を反転させて座り直す。 「愛ちゃーん、結婚おめでとう〜!」 陽気な声とともに、スクリーンには去年と変わらない母の顔がどアップで映し出される。すると、徐々にカメラが後ろにひいていって(いや、母が自分で後ろに数歩下がったらしい)、画角が広がり母の全身が映し出された。黒色で、控えめにラメの入ったドレスと、首には真珠のネックレス。よくみると、いつもより気合いの入ったメイクもしている。上品な佇まいで、病室のベッドの上に座っていた。 「じゃーん、マザーズドレスだよー。これを着るの、私の夢だったの。どう?似合う?」 「愛ちゃん、また私の夢を叶えてくれたね。ありがとう。ふふ。」 私と顔がよく似た、年齢も私とそう遠くない母が、無邪気に笑った。 「あらためて、愛ちゃん。結婚おめでとう。今日の愛ちゃんは、いつにもましてすごーーく、綺麗だね。まぁ、私に似てるから当然だねー。」 そう言い終えると、ふぅぅ、と長めの息を吐いた。 「では、私がこれまでの人生で一番嬉しかった日のベスト3を発表しまーす!」 あぁ、なにかとベスト3にしたがる、母のいつもの流れだ。 「第3位、和くんからプロポーズされたとき。(かず)くん、3位でごめんね!でも、和くんにしては健闘したほうだよ!和くんのプロポーズは、本当に、なんていうか、お手本通りでね。私の誕生日にバラの花束をくれて、その中に指輪の箱が入ってるっていう。笑っちゃうくらい、なんのひねりもないでしょ?それで私、花束を渡されてすぐに指輪に気づかなかったの。和くんもそのまま何も言わないから、次の日に花瓶へうつしかえるときにようやく箱に気づいてびっくりしちゃって。急いで和くんに連絡したら電話越しに「見つけた?結婚しよう。」だって。え、電話でそれ言う?ていうか、私の誕生日もう過ぎたちゃったんだけど。ねぇ、愛ちゃん、どう思う?」 母の明るい空気に包まれ、式場内の堅くなっていた雰囲気が和らぐのを感じた。ゲスト席の一部で、ふふっ、と小さな笑いがおきている。和くんこと、父のほうをチラリと見ると、困り半分照れ半分のなんとも言えない表情を浮かべていた。 「だから、ちょっと減点して3位です。でも、そういうのも私たちらしくて、良かったよね。ありがとう、和くん。愛してるぞーう。」 「第2位、愛ちゃんが生まれてきてくれたとき。和くんからも聞いてるかもしれないけど、愛ちゃんが生まれたときは大騒ぎでした。愛ちゃんはね、予定日よりも1ヶ月早く生まれてきたの。愛ちゃんが生まれた日、確か深夜の1時くらいだったと思うんだけど、急にお腹が痛くなってね。最初はなんだか少しお腹下したかなくらいだったんだけど、どんどん痛くなってきて、隣で寝てた和くんを叩き起こして病院にいったの。お医者さんが急いで見てくれたんだけどね、最初はお医者さんが1人だったのに、気づいたらどんどん増えていってね。私に聞こえない用意小さい声で相談しはじめて、でも『赤ちゃんの呼吸が...』とか聞こえるのよ。そのあとすぐ私の方を向いて『お母さん、大丈夫ですから、落ち着いてください』っていうもんだから、『私は落ち着いてるので、赤ちゃんを優先してください!!!!!』って大声で言っちゃった。廊下で待たされてた和くんにも聞こえたみたい。後から聞いたら、胎盤が剥がれて愛ちゃんに酸素がいかなくなってて、すぐに取り出さないとまずいって状態だったんだって。そこから、麻酔で意識がなくなって気づいたら病院のベッドの上だった。」 「起きてすぐ、お腹の違和感に気づいて取り乱しちゃって。私の子はどこですかって叫んじゃった。そしたら看護婦さんが、『安心してください。赤ちゃんは元気ですよ。』って言ってくれて。そしたら安心してまた意識なくなってね。次に目を覚まして起きあがろうとしたら、帝王切開の傷がすごく痛くて。でもなんとかベッドから這い出て、手すりをもってNICUに向かったの。そこでようやく愛ちゃんと会えた。」 「そのときは、もう言葉にならなかったなぁ。透明なガラスごしに見えたあなたの体はほんとうにちっちゃくて、身体中つけられた細いチューブがすごく痛々しかった。だけど、少しだけコクンコクンっておなかが動くの。呼吸してるんだな。生きてるんだなって思ったら、もう胸がいっぱいになって。早産になってしまってすごく怖かったんだけど、あなたの姿を見たら全部吹き飛んで、この子はきっと私にはやく会いたかったのかなって思えてきちゃって。無意識に、私もあなたに会いたかったよって、呟いてた。あなたの名前も実はそこからきてるの。私が人生で一番会いたいと思ったから、愛ちゃん。和くんには言ってないけどね。」 すぐ近くに座る父が小さく、えっ、と呟くのが聞こえた。 「そして、第一位。それは、パパーン。愛ちゃんが結婚を迎えた、今日この瞬間でーす。ふふ、賢い愛ちゃんなら、きっと予想通りかなー?」 母は少し腰を浮かせていたずらな笑顔を浮かべた後、またベッドの上に座り直した。 「愛ちゃん。家族を持つって言うのはね、生きるってことよ。私、愛ちゃんと和くんと家族になれてから過ごした時間は、それまでのどんな時間より特別で、一番生きていたって思える。それまでの人生だって良いものだったけど、もはや比べものにならないなぁ。だから、愛ちゃん。これからも末長く生きていってね。本当に結婚おめでとう。じゃあ、またね!」 母らしい軽い挨拶とともにプロジェクターの光が消え、式場が暗転する。 そして再び、スポットライトが司会を照らす。 「--------- 続いては、新婦による両親への贈る言葉です。」 私は手紙を取り出し、丁寧に読み上げ始めた。 「お父さん、いままで育ててくれてありがとう。私が小学生のときにお母さんが亡くなってから、お父さんは男手一つで私を育ててくれました。私は傍から見たらめぐまれない家庭にいながらも、達観することも老成することもなく、年相応に、いや、その年代にしては幼稚ですごく我儘な娘でした。他の子と同じようにパパイヤ期があったし、中学生にあがる頃にしっかりと反抗期もやってきました。お父さんは、そんな私を見放すことなく、いつも愛情を持って接してくれました。ある時、私は気づきました。私がこんなにも他の子と同じように生意気な娘でいられたのは、お父さんとの家族の繋がりを信じてやまないからだって。それからは、自分のこれまでの行動を恥じると同時に、お父さんが胸を張れるような良い娘になりたいと思うようになりました。遅くなってごめん。私はお父さんが大好きです。ありがとう。これからもよろしくお願いします。」 一呼吸置き、 「そして、お母さん。あなたは...とてもずるい人です。」 手紙を持つ手に少し力が入る。 「今日みたいに、ときどき私の前にあらわれては陽気な口調でメッセージを残し風のように去っていく。小学生のとき、お母さんがいなくなって初めての私の誕生日に、最初のビデオレターをみました。そのとき、お母さんはふざけたバースデーパーティ用のメガネをつけて登場し、手には花火の刺さった誕生日ケーキを持って、あろうことか病室でそのまま点火して看護婦さんに怒られていました。お母さんは面白いと思ってやったと思うけど、そんなビデオを見せられて私はたまらなかった。笑えないよ。」 「その日は、ずっと泣いて、次の日にはお父さんに八つ当たりして、自己嫌悪。最低の誕生日になりました。私が中学にあがってからは、お母さんは『愛ちゃんはピアノが上手だからね〜』と言って吹奏楽部か合唱部にいる前提でずっと話してたけど、私は水泳部です。ピアノは、続けるのがしんどくて小学校でやめたんだよ。」 「お母さん。ビデオレターをもらうたび、私はお母さんは違う時間にいるんだって自覚させられて、心が掻き回されて置き去りにされる。その気持ちがわかりますか?テレビの画面に向かって何度罵声を浴びせても、あなたは何もいわない。私、全然お母さんが思っているような娘に育ってないよ。お父さんだって困らせてるよ。わかってるの?ねぇ...わかってよ。わかってるなら、一回くらい怒りなよ。叱ってよ。ねぇ。お母さん。私がどんなに凹んでても、落ち込んでても、画面の向こうのお母さんは変わらずに、ずっと明るい調子のまま喋ってて。」 「でも、ほんとうは知ってる。お母さんは、ずっと前から、太陽みたいに明るかった。私がお菓子を持ったまま遊んでて入っていたビスケットがボロボロになって泣き叫んでも、友達とおもちゃを取り合って喧嘩になっても、お母さんは『大丈夫だからね』と言って私を抱きしめてくれた。どうせいまだって、私の身勝手な言い分を聞いても怒ったりしないんでしょう。そんなこと誰よりも知ってるのに、それでも私はもう一度だけ声を聞きたくて、言葉を通わせたくて、足掻いて、喚いて、どうしても伝えたかった。会いたいよ。お母さん。大好きだよ。って。」 手紙から顔をあげ、ゲスト席後方の、すでに暗転して真っ暗なスクリーンに向けて言う。 「でも、もういいんだ。お母さんの場所に行く前に、私はやるべきことがあるから。お母さんの言う、家族の時間ってやつをもっともっと生きてからにするよ。夫と、いつか生まれてくる子供と一緒に。あ、もちろんお父さんもね。だから、お母さん。もう安心していいからね。いままでありがとう。いつか会った時には、わたしのベスト3も教えてあげる。じゃあ、またね!」 最後の言葉を言い終えると、ワンテンポ遅れて大きな拍手がおこる。その音に少しびくっとして背筋をのばしたとき、ウェディングドレスによって締め付けられていた胸の痛みも、もうなくなっていることに気づいた。
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