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この〝ウソみたいなホント〟の始まりは、三日前。
年末年始の帰省を終え、東京で迎えた一月三日の早朝だった。
鳴り始めた目覚まし時計を止めて、俺は軽く伸びをする。
スマホで確認した時間は、朝の六時。
実家で甘やかされた身体は重いけれど、ここで夢の世界に舞い戻ってしまったら、残りの休みが文字通り寝正月になってしまう。
自分で自分を叱咤激励しながらベッドを抜け出し、俺はキッチンに向かった。
例年よりは暖かい冬とは言え、朝晩は、やっぱり冷える。
身震いしながらコップ一杯の水を飲み、ランニングウェアに着替えて寝室に戻っても、ベッドの形は、俺が出て行った時のまままったく変わっていなかった。
見下ろした寝顔はあまりに平和すぎて起こすのは忍びないけれど、ちゃんとひとこと言っていかないと、「行ってきますのちゅーしてくれなかった!」と怒られてしまう。
ぷんすこ憤慨する姿もたまらなくかわいいけれど、俺はやっぱり、理人さんには笑顔でいてほしい。
「理人さん」
「……ん」
手のひらを頬に合わせると、理人さんの眉間に浅い皺が寄った。
ぬくぬくの桜色ほっぺには、ちょっと冷たかったかもしれない。
「行ってきます」
「ん、んー……」
きっと理人さんは、「行ってらっしゃい」と言ってるつもりに違いない。
でも、唇は尖っただけでまったく動いてないし、アーモンド・アイは目蓋の奥に隠されたままだ。
俺はこっそり笑ってから、ぺちゃんこに潰れた前髪をかき分け、露わになった額にそっと唇を落としたーーら、
(あー……この感覚……佐藤くんのちゅーだあ……♡ んー……今からジョギング……だよな……俺も一緒に行きたい……けど、ねむい……行かないでって言ったら、一緒に二度寝してくれたり……しないか、な……むにゃむにゃ……)
「……は?」
何が起こったのか、わからなかった。
聞こえてきたのは、確かに理人さんの声だ。
でも、理人さんは、俺の眼下でまさに現在進行形ですやすやと寝息を立てている。
じっと目をこらしてみても、喋るどころか、まつ毛の一本も揺れていない。
その様子は、まさに熟睡中の熟睡。
いくら俺の実家は初めてじゃなかったとは言え、滞在していた間、いろいろ気を遣っていたんだと思う。
昨夜の理人さんは、寝付くまでものの数秒だった。
疲れていたんだろう。
だから、今朝のジョギングもあえて誘わなかったんだ。
「理人さん……?」
そっと、呼びかけてみる。
でも、理人さんからは何の反応もない。
耳を澄ませてみても、トイレの換気扇の音が微かに聞こえてくるだけだった。
「気のせいか……?」
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