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「理人さん、ピーマン切れた?」
「ちょ、待て。あとちょっと……よし、ピーマンの千切り完成!」
(今日は、指切らずにミッション・コンプリートできたぞ!)
「ブフッ……」
「ん?」
「あ、いえ。ありがとうございます」
理人さん渾身の千切り……というより短冊切りされたピーマンを受け取り、熱したフライパンに放り込む。
ジュージューと沸き立つ音に導かれるように、理人さんが身を乗り出して中を覗き込んできた。
(今日は、青椒肉絲か。食べたいと思ってたんだよな。なんでいつも、佐藤くんは俺のほしいものが分かるんだろーー)
触れていた肩が離れた途端、理人さんの声が消えた。
しん……と静まりかえった脳内が寂しくて、俺はつい身体を傾けてしまう。
(あー、豚肉がピンク色に輝いている……いつ見ても綺麗だ。こんな時は、人間に生まれてよかったと思ってしまうな。養豚場で育った健気な豚たちよ、俺たちのために豚肉になってくれてありがとう。君たちが捧げた尊い命、決して無駄にしたりしないぞ!)
やっぱり、食べ物を前にした時の理人さんの思考はいつだって意味不明だし、無駄に壮大だ。
「理人さん、豚肉貸して」
「あ、うん」
半分くらい火の通ったピーマンを皿に取り出し、下味を付けて片栗粉をまぶした豚肉を炒める。
ごま油が跳ねると、豚肉の焼ける香ばしい香りがキッチンを覆い始めた。
色が変わったら、タケノコの千切りと一緒にピーマンを戻し、調味料を順番に加えていく。
(あー、美味しそう。ものすごく腹が減ってきた……)
プッ。
どれだけ涼しい顔をしてみせていても、理人さんが食にとことん貪欲なことは変わらないらしい。
「味見、してみます?」
「うん、する!」
(あーんして? なーんちゃって!)
「はい、理人さん。あーん」
「え、あ、う、あ、あー?」
素直に従う様子にちょっと笑ってから、俺は菜箸で摘まみ上げた豚肉を一切れ、理人さんの口の中に押し込んだ。
「あっ……つ! でも、うまい!」
(佐藤くんにあーんしてもらったやつだから、特に美味しい!)
うっわ、かわいーーゴホンッ。
いや、うん。
まあこんな感じで、正直、全然悪くない。
いや、悪くないどころか、むしろ良い。
最高だ。
理人さんは可愛いし、心の声が聞こえるおかげで、いろんなことを叶えてあげられる。
いつもより多めに笑顔が見られるし、俺に対する理人さんの評価も爆上がり中に違いない。
ただひとつ、問題があるとすればーー
「佐藤くん、お風呂沸いたぞ」
「あ、先に入ってください。これ、最後まで見たいんで」
「わかった」
ドラマを放送中のテレビを指差すと、理人さんは本をパタンと閉じて立ち上がった。
ソファのクッションが動いて、少しだけ身体が沈む。
「あ、佐藤くん。バスタオル取って」
「はい、どうぞ」
テレビ台の前に畳んで置いたままだった洗濯物から、バスタオルを一枚取り出す。
そして、理人さんに差し出すーーと、
「ありがとう」
(今日はたぶん、する……よな? 準備、しとくか)
そう。
問題は、コレだ。
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