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一月の夜は早い。気がつくと、すっかり夜が更けていた。
会社関係の帳面を閉じ、窓の外を眺める。
意外と明るい。そういえば、今夜は一月の満月の日だ。
朔夜と一緒にいるようになってから、常に満月を意識するようになった。
今月の変身は、一昨日起きたので大丈夫だろう。あの時は答辞の練習をしていたので、すぐに抱きしめることができてよかった。
せっかく満月だと気がついたのだから、ちょっと外に出て月見でもしようかと思った時、自動車のエンジン音が聞こえた
音はだんだん大きくなり、うちの前で止まった。
そして、ドアをノックする音。
なんだろう。こんな時間に。
ドアを開ける。
するとそこには、麻田さんが微笑みを浮かべて立っていた。
彼の抱えた大きな包みに、一月の満月の白い光が落ちている。
「麻田、さん? あれ、デビュタントバルは?」
突然の訪問者を前にして、頭の中に疑問符が飛び交う。麻田さんは微笑みをたたえたまま、少し離れたところにいた人に手招きをした。
女性が麻田さんの横に立って頭を下げる。確か、制服のスカートを繕ってくれた女中さんだ。
「夜分に失礼いたします。主人と大河内様のダンスが終わりましたので、劇場を後にいたしました」
「え、大丈夫なんですか。鴻家の皆さんはまだ、劇場にいらっしゃるのでしょう」
「はい。ですが今は望夢様に主役が移りましたので、問題はございません」
デビュタントのダンスは舞踏会の序盤に行われる。だから朔夜の出番が終わったのはわかるが、望夢君が主役って、なんだろう。「見栄張り大会」の主役、という意味なら、お父様なのではないか。
私が思った通りに訊くと、麻田さんは愉快そうにくすくすと笑った。
「鴻家が『見栄張り大会』に参加する前に、望夢様が『鴻グループを奪われるという悲しみの中、新たな会社を興して頑張っている、健気な少年社長』として、社交界の皆様に会社をアピールされたのです。今、舞踏会はその話題でもちきりでございます」
それを聞いて、私は頭の中で白旗を上げた。
まいった。これは私には絶対にできない。望夢君が社長になってくれて本当によかった。
私が大きく息を吐くと、麻田さんは持っていた包みを少し持ち上げた。
「こちらは主人から高梨様への贈り物です。『もし気に入ってくれたら受け取ってほしいが、不要なら遠慮はしないでくれ』とのことでございます」
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