3. 暗闇に落ちる前に

2/3
前へ
/160ページ
次へ
 今日最後の授業が終わった途端、疲労感と安堵がどっとのしかかってきた。  授業が終わって安堵するなんて、私、どうかしている。今夜はしっかり復習をしないとまずいかもしれない。  椅子から立ち上がると、激しい頭痛に襲われた。少し遅れて吐き気もこみ上げてくる。なんとか帰り支度をして教室を出るところで、目眩を起こして男子にぶつかった。 「うわ、汚ねっ。凄え汗」  去り際に舌打ちをされる。言われて額に手をやると、水でもかぶったのかと思うくらいの汗をかいていた。  一体どうしてしまったのだろう。体調なんか崩している場合じゃないのに。工場を休むわけにはいかないのに。  耳の聞こえが悪くなってくる。教室の方から鴻君が私の名を呼んでいるような声が聞こえたが、きっと気のせいだろう。列車に乗れば、工場の最寄り駅に着くまで座れる。その間になんとか回復させよう。  どこをどう歩いているのかよくわからない。脚が無意識に動いているのだが、多分地下鉄道(チューブ)の駅に向かっているとは思う。  蒸し暑い。頭が痛い。気持ち悪い。  体調に負けるな。仕事に行かなきゃ。頑張れ、頑張れ、頑張れ……。  そんなことを、ずっと考えていたように思う。だが私の記憶は、そこで幕を引くように途切れた。  暗闇に落ちる前のわずかな記憶の残滓(ざんし)は、遠くから私を呼ぶ声。  そして、大きな手のぬくもり。  
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加