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窓際の一番後ろにある自分の席で帰り支度をする。なるべく人と顔を合わせないように俯きながら。
赤茶色をした自らのお下げ髪が、ぶらぶらと視界の邪魔をする。
このまま誰にも絡まれませんように、と心の中で祈っていたのだが、どうやら祈りは届かなかったらしい。私の背後で男子生徒たち数人がわざとらしい会話を始めた。
それはたわいない雑談の形を取っており、教室のざわめきに紛れている。けれども時折、ぎりぎり私に聞こえるくらいの小声が混ざる。
「大学へ行かないくせに予科クラスにいる奴とか、邪魔でしかないんだけど」
反射的に振り返る。男子の一人が私を見て片頬を僅かに釣り上げた。だがそれは一瞬で、何事もなかったかのように雑談を続ける。
聞く気はないのに、聞きたくないのに、耳は彼らの小声だけを拾って心の中に落とし続ける。
「役立たずの庶民に特待で居座られると、学校の品位が下がるよな」
「本当だよ。辞めればいいのに」
「煤だらけの作業靴で学校に来られると床が汚れるしさ」
「そのうえ美人でもねえって、もう存在する意味あるのかな」
こんな感じで色々言われるのは、今に始まったことではない。試験の結果が出た後は、いつもこうだ。今日は特にひどい。
無言で帰り支度を進める。言い返したって不利になるのは私の方だ。話し声は目の前にいる私にしか聞こえない。だから下手に騒ぎ立てても、「言い掛かりだ」と被害者面されておしまいだ。
耐えろ。やり過ごせ。気にするな。
問題を起こしちゃいけない。私には、夢があるんだから……。
「高梨さん」
今まで捉え続けた声とは別の声が、かなり前方から飛んできた。
顔を上げる。声の主は、鴻君だった。
つかつかと私の席に向かってくる。
彼の姿は、離れていても目を引く。
幾望国人離れした長身に艶やかな砲金色の髪、そして経済界の覇者「鴻家」長男にふさわしい、上品な佇まい。深緑色の制服は、新品のように綺麗だ。
それなのに、どうしてなのかはわからないが、彼の纏う空気はいつもひりひりと冷たく肌を刺す。
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