1. 煤かぶりの姫

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 彼は私の前に立つと、背後の男子たちに少し目を向けた後、私に向かって口を開いた。 「先月よりも点差を詰められたね。もし俺が一問でもケアレスミスしていたら、順位が逆だったかもしれない。まあ俺は、そんなミスしないけど」  腰に手を当て、挑むような目つきで煽られる。私は背筋を伸ばし、負けじとその目を見返した。 「そんなの人間だから分かんないじゃない。次こそは負けないからね」  さあなんて言い返してくるか、と身構えていると、彼は腰から手を離し、ふっと笑顔を見せた。 「いや、今回の負けは俺だよ」  切れ長の涼やかな目が柔らかく細められる。   「高梨さんは働きながら勉強しているんだろ。勉強に掛けられる時間を考えたら、俺の負けだ。高梨さんはいつも本当に凄いと思う」  邪気の欠片もない瞳でそんなことを言われると、返事のしようがない。口を開いたまま出てこない言葉をひねり出そうとしていると、あの男子たちはもごもご言いながらどこかへ消えてしまった。 「あ、え、うん。どうも。えっと、じゃ、ご、ごきげんよう」  頭を下げ、教科書が入った鞄と作業服が入った頭陀袋(ずだぶくろ)を抱えて、そそくさと教室を後にする。  鴻君はまだ何かを話したそうにしていたけれども。  校舎を出てから、ため込んでいた息を思いきり吐いた。  ペティコートを蹴とばすようにして早足で歩く。頭の中に、耳の奥に、鴻君の笑顔と声が張りついて離れない。  自動車が私を追い越す。その煙突から吐き出される蒸気に紛れ込ませるように、もう一度息を吐いた。    きっと私は今、悔しがっているのだ。  一位の人に慰められて、悔しいのだ。  だからこんなに鼓動が早くなるし、頬が火照るし、笑顔を繰り返し思い浮かべてしまうのだ。    そのまま勢いに任せて歩き続け、錬鉄製の優雅な装飾が施された校門をくぐった後、ふと足が止まった。  今まで、煽られることはあってもあんな言葉を掛けてもらったことはない。  考えてみると、凄くありがたいタイミングだった。あのおかげで男子たちの嫌な言葉が止まったようなものだから。  勿論、その辺は偶然なのだろうが。  だって、鴻君が私を助ける理由なんてないし。  そもそも私の席と鴻君の席は離れているから、鴻君の耳がどんなに良くても会話が聞こえるわけがないし。  首を振り、頭陀袋を抱え直し、再び歩く。  通りの向こうに、地下鉄道駅の金色の煙突が見えてくる。  これから真空チューブ地下鉄道(チューブ)に乗って工場へ行く。  これから私は、女学生ではなく罐焚(かまた)き婦になるのだ。  あらゆる想いを胸の奥に深く深く押し込め、金色の煙突目指して歩く。
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