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午前の授業が終わり、昼食の大移動が始まった。
流れが落ち着くのを待っていると、濁流の合間から紅子が小走りで私の席に向かってくる。
「瑠う奈っ! ねえねえねえ」
目をきらきらさせて話しかけてきたのに、そのまま黙ってちらちらと朔夜の方を見ている。
大移動が落ち着くと、朔夜が教室を出ていく。すると紅子は顔をぐいっと近寄せて一気に喋り始めた。
「朝の会話、聞いていたわよっ。やったじゃない。『おうちデート』ね」
「え、いや、デート、じゃなくて勉強」
「何を言っているのよ。愛しの殿方とおうちで二人きりだというのに、勉強なんてありえないわっ」
ありえない、と言われても。
以前、朔夜の家で勉強した時も、変身事件の後はしっかり勉強してきた。とても充実したひとときだった。
帰り際、朔夜はがっかりしたような表情で元気がなかったが、きっと算術の勉強が充分にできなかったからだ。
いや。そうじゃない。
紅子の言葉でおかしいのはそこじゃない。そこじゃなくって。
「いいい愛しの殿方って! わ私は勉強をしようって言って、だって朔、鴻君と私はただの級友でライバルだし」
「そうね。今の二人の関係は級友でライバルだわ。でも」
私の鼻先に人差し指を近づけ、いたずらっぽく微笑む。
「瑠奈は、鴻さんをどう思っているのかしら」
その言葉に、私の心臓は漬物石を素手で殴った時のような衝撃を受ける。
だが彼女は私の答えを聞く前に、指を離して立ち上がった。
「あら、もうこんな時間。ねえ瑠奈、お食事の後、休憩室でお喋りしたいのだけれども、よろしいかしら」
休憩室は特別室利用者が食後のお茶を飲むために使うスペースだ。
受付には紅子が事前に話をしてくれていたらしい。すんなり入ることができた。
なんとなく豪華な内装をイメージしていたが、実際は教室の延長のような内装の部屋に、ティーテーブルのセットがぽつぽつと置かれているだけだった。それでもやはり少しだけ緊張する。
今日の利用者は私たちだけのようだ。中央のテーブルで紅子が手を振っている。
「来てくださってありがとう。私、一度瑠奈とゆっくりお話をしてみたかったのよ」
そう言って芍薬のような笑顔を浮かべる。私は反射的に「そんな、私なんかと」と言いそうになり、口を押さえた。
違う違う。ここは。
「ありがとう。私もだよ」
にっこり笑って向かい合う。
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