21. 想いのままに生きる

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 大河内家の給仕の人が私にも紅茶を淹れてくれた。紅子がテーブルに置かれた焼き菓子を勧めてくれる。  その焼き菓子を見て、思わずあっと声が出てしまった。 「わ、これ玉鉤国(ぎょっこうこく)のお菓子じゃない。Kuih Bahulu(クエ・バフル)でしょ」  月例試験で朔夜を抜いた時、自分へのご褒美として例の飯屋で買うお菓子だ。もう何か月も食べていない。 「あら、ご存じなのね」 「うん。うちの近くに美味しい玉鉤国料理の飯屋があってね。そこでたまーに買うんだ」 「まあ。……あの、もしかしてそこ、賀臼(がうす)町にあるお店かしら」 「そうそう。よく知っているねえ。やっぱり有名なん」 「ええっ!」  紅子が顔に合わない叫び声を上げる。給仕の人がぎょっとして振り返っていた。 「ご、ごめんなさい。瑠奈、そこへはよく行かれるの」 「よく、ってほどでもないかなあ。ちょっと高いんだよね。でも月に一度は行くよ。近所だから」 「近所……」  紅子は頬を押さえて私を見た。 「実は、私の恋人が、そこで料理人をしているの」  その言葉に今度は私が叫びだしそうになる。 「え、ええ……。凄い偶然」  苦労して叫びをお腹の中に戻す。  偶然、と言える種類のものなのかわからないが、驚きすぎて咄嗟に出たのがこの言葉だった。  紅子に恋人がいる、というのは、なんとなく理解できる。美人だし。  だが彼女はただの美人ではない。大河内製薬の社長令嬢、しかも一人娘なのだ。 「え、えーとえーと、どんな出会いだったか、なんて訊いていいかな」 「うふふ。どんどん訊いて訊いて。でも出会いは普通よ。あのお店の評判を聞いて、食べに行ったのがきっかけ」  確かに普通だ。でも、そのあまりに庶民的な普通さに頭がついていけない。  第一、この歳なら考えるであろう結婚や後継ぎはどうするのだ。 「私は一人っ子なのだけれど、会社は継がないの。社内の優秀な方が継ぐ、って昔から決まっていたからね」  顔に出ていたのだろうか、私の疑問を先回りするかのように話を続ける。 「そして私は大学を卒業したら、別のお仕事をするのよ」 「えっ、紅子、働くの? なんで?」 「だって、私たちにはそれぞれの夢があるのですもの」  長い睫毛に縁どられた大きな目が私を見る。 「父は自分が作った会社を最高の形で大きくする。恋人は自分の店を持つ。そして私は女学校を作る」  瞳の強い光に吸い込まれる。 「皆が自分の夢に向かって、想いのままに生きているの。それでも愛情で深く繋がっているから、いつでもひとつでいられるのよ」
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