22. 恋は、とっても

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 ここは放送室から近いせいか、比較的音質がいい。 「まあ、お昼休みが終わっちゃうわ。ごめんなさい、私のことばかり話してしまって」 「ううん。凄く楽しかったよ。んで、なんというか、自分の足元がひっくり返るようなひとときだった」  休憩室を出ようとドアを開ける。その手を紅子に捕まれた。  美しい鼻を指で押さえ、視線を外に向ける。 「ちょっと、ちょっと待って。今、向こうの部屋から鴻さんが出てきたわ。……うん。離れたわね」  その仕草と話で、やはり、と思う。  紅子も人狼族なのだ。   「もう『開いて』も、鴻君の匂いと音はしない?」  この言葉の意図を汲んだのか、彼女は笑って頷いた。 「あのね、今日は私の夢の話がしたかったわけではないの。授業の前に、お伝えしたかったことを一言だけ」  華やかで美しい顔が間近に迫り、思わず引いてしまう。彼女の表情は真剣だった。 「瑠奈はとっても魅力的だわ。だから心ない声とかは気にしないで自信をもって。自分の本心に素直になって。そしてね、恋には相手をいとしいと思う心さえあればいいの。家柄とかなんて関係ないわ」  ふふっと笑って両腕を広げ、優雅にくるりと一回転する。 「恋は、とっても素敵なものよ」  授業が終わり、鞄と頭陀袋を抱えて席を立つ。 「身の程知らずが」 「学校の品位が落ちるわ」 「汚い」  一日が終わっても、私がぎりぎり聞こえるくらいの声で何かを言う人がいる。これ、明日も続くんだろうか。  教室を出る時、女生徒の一人が私の顔を見て口の端を歪めた。 「罐焚きのくせに図々しい」  お決まりの、ぎりぎり聞こえる声だ。でも私に話しかけてきているのを見てしまったのだから「会話」しないとね。 「そうね。私は『罐焚き』ですけれども、何をもって罐焚きの『くせに』なのかしら。図々しいって、何が? ごめんなさいね、私、『罐焚きのくせに図々しい』という言葉だけでは何を仰りたいのかわからないわ」  まさか私が声をかけてくるとは思わなかったのだろう。少し怯んでいるのがわかる。  ここで間を置くと加勢が入ってしまう。私は話題を変えた。 「昨晩、勤め先の社長と経営者交流会に行ったのですけれど、あなたのお父様もいらっしゃったわ。自動車用エンジンを製造する会社を経営されているのよね。私、全く新しいエンジンのアイデアを持っているので、もしよろしければ『十和田さんとこの高梨』のことをお伝えになってみてね」  これで本当に話が伝わればそれもよし。十中八九伝わらないだろうが、それでも「高梨は変な角度から言い返す」ということを見せられたからよし。  困惑したような表情を見せる彼女を放置して、工場へ向かう。
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