22. 恋は、とっても

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 そして、来てしまった。この日が。  この日が、って、朔夜と一緒に勉強するだけなのだが、それでも朝から鼓動がおかしなことになっている。  どっくん、どっくん、と、心臓が血液を送り出す音のひとつひとつがやたらとうるさい。しかもこの鼓動、朔夜の顔を思い浮かべると、どこどこっと祭囃子の太鼓のような音に変わるのだ。  ――おうちデート  紅子の言葉が脳内をぐるぐる回る。いやだから勉強だよ、と心の中で反論しても、紅子の声が脳を圧倒する。  普段の休日なら、顔と足をささっと拭くだけだが、近い距離で朔夜と二人になることを考え、全身綺麗に洗ってみる。  朔夜が来るから綺麗にしている、という事実を脳内で文字に起こし、それを読んで額から汗が出る。  髪を結う。象牙色のリボンを結ぶとき、また紅子の声がした。  ――恋には相手をいとしいと思う心さえあればいいの  ――恋は、とっても素敵なものよ  自分の心を改めて見つめなおす。  そうだ。私は今、恋をしているんだ。  家中掃除をし、金盥をしまったところで自動車の停まる音がした。  家を飛び出す。そこには、麻田さんに自動車のドアを開けてもらい、自分で荷物を抱えた朔夜がいた。 「それでは朔夜様、夕刻前にお迎えに上がります」 「えっ」  麻田さんは、驚いたような表情の朔夜を置いて、さっさと自動車に乗り込んだ。 「私は近くに住む知人に会ってまいりますので、あとはどうぞ、お二人でごゆっくりお過ごしください」
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