もう一度、君と手を繋ぎたいんだ

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 ハァ、ハァ、ハァ……。  階段の踊り場の影に隠れる。  切れる息の音で、《ヤツら》が気付いてしまうかもしれない。焦りながら俺は、深呼吸して急いで息を整えた。    『ゔゔ……、あー 』『あ゛あ゛、あー…… 』  階下から、複数の死人の声がする。は人を喰う。  激しく鳴る鼓動の音が大きい。自分がここにいることを知られてしまうのではないかという恐怖に駆られる。  けれどアイツの顔が脳裏に浮かんで、やらなければならない事を思い出し、心が落ち着いて来た。  アイツは無事だろうか、早くアイツの所へ行かなくては。  俺は唯一の武器である、汗でぬめる木製バットのグリップを握り締めた。そして、半分ヤケクソで、大きな声を張り上げる。  「ハルカッ! どこにいんだよっ!! 」    アイツ……、ハルカは同い年の幼馴染で、物心がつく頃にはいつも側にいた。『リョウちゃん』と俺の名前を呼びながら後ろをついて来る、それが当たり前の存在だった。    それを意識しだしたのはいつ頃だったろう。  中学の頃、『もう、人前でリョウちゃんって、呼ぶなよ』とハルカに言ったことがあった。それを聞いたハルカは驚いた顔をして、『リョウちゃんはリョウちゃんだもん……』と震える声で返してきた。  赤くなる目許と噛み締める口唇。ハルカが泣く寸前の顔だ。  そんな表情(かお)をするなんて思ってもいなかった俺は焦り、『ばーか、冗談だよ 』と言いながらハルカの頭をくしゃくしゃにした。するとハルカは、あからさまにホッとした表情を見せ、『やだー!リョウちゃん、ひどいよ 』と手で髪を整えながら笑った。  その時、俺は自覚した。俺は、ハルカの笑っている顔が好きなんだと。守りたい、ずっと側で笑っていて欲しいのだと。  野球で推薦を貰っていた俺は地元の大学の付属高校に早くから決まっていた。     ハルカも俺と同じ所を希望していたが、一緒の高校へ通うことは叶わなかった。  『リョウちゃんと同じ学校に行きたかったなぁ 』  前の日に降った雪が残る道を一緒に歩きながら、ハルカがポツリと言った。  『2人でお願いしに行ったのに 』  首から下げた合格祈願のお守りをぎゅっと握り締める。俺のエナメルバックにも同じ物が揺れていた。  『仕方ねぇよ。頑張ったんだろ? 』  ハルカがコクリと頷く。残念なのも、寂しいのも、俺だって同じ気持ちだった。  『お前はまだ、公立の試験残ってんだから、ソレ処分すんじゃねぇぞ』  歩く度、キシッと足の下で雪が軋む。  『うん、神社には返さないよ。宝物だもん 』  どういうつもりでハルカがそう言ったのかは分からない。いつ迄とも、ハルカは言わなかった。    だけど、この受験守りは、2人で買った初めての揃いの物だと俺は気付いていた。だからきっと、俺自身はずっと手放すことはないだろうと思っていた。その時は。  ハルカは公立に無事受かり、春から別々の生活が始まった。俺は部活動に忙しく、会えない日が続いたが、学校も違うのだからと自分を納得させていた。  特に好きだと言葉では告げていなかったけれど、それ以上の繋がりがあると勝手に信じていた俺は、レベルの高い場所で野球に打ち込めることに夢中になっていた。  そんなある日、帰宅した俺に母親が驚くことを言った。  『ハルカちゃん、お付き合いしてる人がいるんですって? 』  『は? 』  『あら、アンタ知らなかったの? アンタも彼女が出来たら直ぐに教えなさ……、ちょっとリョウゴッ!!』  俺はその場に鞄を放り出すと、2階の自分の部屋に上がりながら電話を掛けて聞くと、ハルカはあっさりと認めた。
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