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何もない私と何かある彼女
――所詮私は、誰かの何かを借りないと生きられない無個性な人間なのだ。
「うん、こちらのブラウスにして正解! よくお似合いですよ~」
繁華街から少し外れたところにあるアパレルショップ。白を基調としたシンプルな内装に、シックで大人びたアイテムが並ぶ空間は凛とした雰囲気があり、店頭に立つといつも背筋が伸びる思いがする。
試着室から出てきたお客様に声を掛けると、恥ずかしそうな笑顔が返ってきた。
「本当ですか? こんなに腕出しちゃって、大丈夫かな……」
フレンチスリーブから出た二の腕を気にするお客様に、私は「大丈夫です!」と強く頷いてみせた。
「隠さないで出しちゃう方が、意外とスッキリ見えるんですよ〜。袖口がフレアになってますから、よりほっそりとした印象になりますね。華やかさもあって素敵ですよ」
試着室の鏡に映るお客様は、さっきと違って満足げな表情だ。きっと、このままお買い上げになりそう。
いっぱい可愛がってもらうのよ〜。私は心の中でブラウスにお別れを言った。
店の外に出て、ショッパーを下げて歩き去るお客様を見送る。
深々とお辞儀をすると、うなじを午後の日差しが容赦なく刺した。今年は残暑が厳しい。店内はすっかり秋物に衣替えしているけれど、売れ筋は今から着られる半袖や軽い素材の服だ。
ゆっくりと身体を起こすと、お客様が去っていった方向から、知り合いがこっちに歩いてくるのが見えた。
「あっ、美香ちゃ〜ん!」
大声で私の名を呼び、ソーダ味のアイスバーを持つ手を掲げたその人は、うちのショップの近所で立ち飲みバルを営む華ちゃんだ。
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