何もない私と何かある彼女

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「こんにちは。暑いね」  私は店に入らずに、入り口ドアの横で華ちゃんと挨拶を交わした。  彼女は私と同い年の二十六歳。だけど、見た目も性格も私とはまるきり違う。  毛先が溶けそうなほどに脱色した髪を無造作に纏めて、メイクは常に濃いめ。  タンクトップの上に重ね着したサロペット。樹脂製のスポーツサンダル。まだまだ夏真っ盛りって感じのコーディネートだ。  何より目を引くのは、右腕に彫られたタトゥー。青薔薇に止まる黒揚羽蝶が二の腕に大きく描かれている。墨の濃淡が美しく、いつだって視線を奪われてしまう。 「今日も暑いよねぇ。ダルい!」  言葉の割に元気いっぱいの華ちゃん。アイスを持っていない方の手には、コンビニの袋が下げられている。 「もう、こんなに暑いと、秋物が全然売れません!」 「あはは、秋遠いもん。今日は店来るの?」  私は「勿論」と頷く。華ちゃんとは半年近くの付き合いだけど、すっかり彼女の店の常連になっていた。 「じゃあ、待ってるね~。仕事頑張って!」  溶けかけたアイスをひと齧りしてから、華ちゃんは歩き去っていった。暑さをものともしない力強い背中と、太陽の光を弾き返す鮮やかな二の腕のタトゥー。  私はこの個性的な女の子に恋をしている。
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