何もない私と何かある彼女

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 仕事終わりに華ちゃんのバルに向かう。裏路地にぽつぽつとある飲食店のひとつ、小ぢんまりとしたビルの一階が彼女の店だ。お洒落な緑のシェードが目印。  木のドアを開けると、顔見知りの常連さんたちに「あ、どうも」「お疲れ〜」と声を掛けられた。  立ち飲みのカウンターと、二人掛けの小さなテーブル席が二つ。十人も入ればいっぱいになっちゃうサイズ感の店だ。 「いらっしゃい! 奥に座って〜」  カウンターの内側でフライパンをふるいながら、汗だくの華ちゃんが笑顔を向けてくれる。いつからか、奥のテーブル席が私の指定席になっていた。 「いいなぁ、いっつも椅子に座れて」  カウンターで飲んでいた男性の常連さんが、ニコニコしながら私にビールとジャーマンポテトを運んでくれた。私が毎回必ずそれらを頼むので、最近では何も言わずとも初めに出てくる。 「ありがとうございます。私が立ち仕事だから、華ちゃんが気を利かせてくれてるんですよ」  私はぺこりと頭を下げて、グラスと皿を受け取った。この店では、カウンター席の客がテーブル席の客に料理を運ぶのが習わしとなっている。華ちゃんがひとりで営む店なので、自然と客同士が協力していた。 「俺だって立ち仕事だよ。椅子取っといてよ、華ちゃん?」  常連さんが華ちゃんに声を掛けると、 「この子はヒールでの立ち仕事なの! 男には一生分からない痛みなんだから、優しくしてあげて」  ぴしゃりと言い負かされて、私は思わず笑ってしまった。ヒールパンプスを履いての接客は慣れているんだけど、華ちゃんの気遣いが嬉しかった。
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