何もない私と何かある彼女

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 疲れと暑さで参った身体に、冷たいビールが染み渡る。ジャーマンポテトは黒胡椒が効いていて、ビールとの相性抜群だ。飲んで食べて、と手と口が止まらなくなる。  カウンター席では、常連さん達が楽しそうに喋っている。といっても、酔って騒ぐ人はいなくて、落ち着きのある空間だ。  お客さん同士、会えば仲良く話すけど、お互いの名前も知らない。このお店はそんな場所だった。  ちょっとの情報で個人が特定されちゃう世の中だから、適度な距離感を保つために皆が気を使っていた。でもそれは、温かな居場所を作るための気遣いだから、窮屈さは感じなかった。 「はい、お待ちどおさま!」  華ちゃんがカウンター席にパエリアを置いた。魚介を惜しみなく盛り付けてあるのが美味しそうで、つい眺めていたら、 「良かったら、こっちに来て一緒に食べようよ」  さっきの常連さんが手招きしてくれた。私は笑顔でお礼を言って立ち上がる。  カウンターの中では、華ちゃんが「え〜、いいんですかぁ? 私、おこげの部分が食べたいなぁ」と、私のモノマネをしている。常連さんは「いや、華ちゃんに言ってないから」と苦笑い。  そんな愉快な華ちゃんと笑い合って、幸せな夜が更けていった。
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