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軽い安心と一緒にやはり消えない不安を抱え、本命大学の合格発表の日が訪れる。遠方のためにネットでの結果を待つためにパソコンを開いて待っている。もう心臓は張り裂けそう。誰もが望んでいる大学だからみんなこんな心持なんだろう。
「落ちた」
彼は自分の受験番号を見つけられなくて仰向けに倒れこんで天井を見つめ呟いた。
間違いじゃない。数字を覚えてしまうほどに確認を繰り返した。自分は落ちてしまったのだ。それを確認すると、心まで深く落ちていた。
「ちょっと、散歩に出てくる」
「落ち込まないでよ」
気分転換に彼はまだ寒い外の空気に包まれようと話すと、心配をしている母親の言葉がある。だけど、あの入院から一年以上彼の自殺未遂はなくなっている。
「心配しなくても良いよ。俺は私学に進むから」
安心させるだけの言葉じゃない。彼は自分でもそう選んでいた。他のもっとレベルの高い大学も受かっているけど、選ぶのは自由だ。だから、彼は自分に最良の場所を既に考えていた。
街の空気は澄んでいて、なんてことのない日常が続いている。だって受験に落ちた彼だけが、良くない日だと言うだけで、他の人にとっては今日が誕生日だったり、結婚記念日だったり、受験に合格した日だったりするんだ。ただそれでも今日はなんてない日。ただの一日。
「えっと、もしかして」
普通に河川敷を歩いていた時に彼の向かい側から歩いてきた人が声を掛ける。その人は彼もなんとなく見覚えがある。
「看護師さん?」
「やっぱり、去年骨折で入院してた子だよね。元気になったかい?」
「まあ、それは、そうですね」
あの自殺騒動で入院していた時の担当看護師だった。
道端でちょっと話をする。看護師さんは休みで子供を連れての買い物みたいだった。流石に受験に落ちて傷心なことまでは彼も話せないで、適当な言葉を続ける。
でも、その時に彼は「この人なら車いすの彼女の現在を知っているかも」と思った。すると、彼女の今が知りたくて聞こうか迷ってしまう。
「どうしたんだい? 知りたいことでもあるの?」
「看護師さん、読心術でもあるんですか?」
「んー、そういう訳じゃ無いけど、あたしは人を診るのが仕事だからね。考えてることを予想するのは得意なんだ。若人! 悩みがあるなら話してしまえ! そのくらいのことは誰だって聞いてくれるよ」
「そうですね。悩みじゃないんですけど」
彼は一度考えてから「親しかった車いすの女の子は今どうしてるんですか?」とストンと聞く。看護師さんの言葉があったから聞きやすかったのかもしれない。
だけど、看護師さんは眉間に皺を寄せて難しい顔になる。
「あの子か。今はもう居ないんだ」
直ぐに看護師さんも誰のことかわかって、ちょっと考えて慎重に話す。
しかし、立ち話には時間を掛けすぎている。看護師さんは三才くらいの子供を連れている。子供はもう退屈して「ねえ、お買い物!」と看護師さんの手を引っ張ていた。
「ゴメンね。お母さんの邪魔をして。わかりました。ありがとうございます」
全てがわかった気がしたので彼は看護師さんにお礼だけを言うと、直ぐにその場を離れる。
走ってしまった背中を見て、子供に手を引かれ、看護師は呼び止めることも出来ない。
彼は全力で走った。もうあの時の怪我の影響なんてない。昔のことなのだから。
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