いのちを置いてるとこ

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 宛てもなく走って川を下り海の近くの橋へとたどり着く。  欄干から見下ろすと、透き通っているのに底は見えないくらいの深みのある川が流れている。彼はついそれを眺めていた。  川幅も広くて橋を渡る車は少なくとても静か。だけど急に「ちょっと、待ちなさい!」と言う声がして彼が振り返ると、そこには知らないおじさんが青い顔をして走り寄り、驚いている彼の腕を掴む。 「死のうなんて考えるんじゃない!」  確かに噂ではこの橋は自殺の名所とも言われる。 「やはり、そう見えましたか」 「そうだ! 生きていれば良いこともあるんだ。悩みがあって死んだってどうにもならないぞ」 「そうなんですよね。わかってます。俺は死にませんよ」  穏やかな表情で彼が語ると、おじさんはキョトンとしていた。 「ある人と約束したんです。自殺はしないって。昔なら飛び込んでたかもしれませんが」 「そうなのか。悩みがあるんなら話さないか? こんな見ず知らずのおじさんでも聞けるからな」  さっきの看護師さんの言葉が蘇る。ふと彼はその知らないおじさんに全てを聞いてもらいたくなった。自分が落ち込んでいる訳を、そして彼女のことを。  言葉に詰まりながら「実は」と話し始めると段々と語りやすくなる。躊躇われた言葉なのにスッと話し始めると、どこまで話して良いかなんて考えなくなった。ただ彼は自分の弱さを格好を付けないで全てを語る。 「そうか、第一志望の大学に落ちて、恋の相手が亡くなったと思ったんだね」  そう。看護師さんが「居ない」と言うのはもうこの世に存在しないことを示している。だから、彼は逃げるように死に場所を探した。 「だけど、本当にその彼女は亡くなったのか? 話を聞いていると確実なことはわからないじゃないか。それを確認してから、それでも本当に亡くなっていたのなら、お墓参りでもしなさい。悲しみは乗り越えられるんだから」  そのおじさんの言うのは彼にとってハッとする言葉でもあった。勝手に彼女は死んでしまったことにしていた。もしかしたら生きているのかもしれない。そう思うと彼女に会いたくてしかたがなくなる。 「わかりました。奇跡を願います。ありがとうございます」 「なあに、僕は話を聞いただけだよ。君がちゃんと話せたから答えられるんだ。人間は話さないと心なんて伝わらない。ちゃんと語れよ。それと、奇跡が叶うことを願っているよ」  おじさんは照れ臭そうに似合わないけどちょっと格好を付けている雰囲気がある。それでも彼から見たそのおじさんは十分にヒーローだ。普通のおじさんでも彼にとっては救世主なのかもしれない。  そうして彼はまたもと来た道を戻る。この道をさっき歩いた時の想いなんて忘れた。きっと考えてなかったんだろう。彼女が居なければ。おじさんが居なければ本当に死んでいたのかもしれない。  ふと「俺はみんなのおかげで死なないでいる。自分勝手に死ねない。もう死ぬことなんて考えられない」との言葉を残して看護師さんを探す。
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