いのちを置いてるとこ

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 遠くみんなが生きている世界が眺められる。  これは普通のことだけど彼にはそれが恐ろしく見えて心が落ちる。  ふわりと風に吹かれて自分のこれまでのことを思うってひどい人生だったと振り返る。 「弱いよな」  軽い一言を残して彼は飛び降りた。自分の通っている高校の屋上から身を投げる。重力に引かれて地面が近付く。  目はもう覚まさない筈だった。でも気が付いたときにはまだ現実が続いている。目元まで有る髪の合間から見えたのは白い景色だ。 「気が付きましたか?」  近くの看護師が彼が目覚めたのを確認して声を掛けていた。  でも、そんな言葉に返答しない。 「生きながらえたのか」  小さく呟いてため息を吐く。  看護師は医師と家族を連れて戻った。飛び降り自殺をはかった代償は複数の骨折。怪我は軽くはない。  市内の中心にある小児総合病院で、入院と言う監視生活になることを説明された。 「どうしてこんなことをするのよ」  泣いているのは母親。だけど、それにも答えられない。 「悩みが有るんなら聞くよ」  カウンセラーが呼ばれて彼に話をするけど、それにも答えない。 「別にいつも死にたいと思ってるわけじゃないんだ」  誰に語った言葉でもない。彼の独り言。  彼だって四六時中自殺を考えてる人間じゃない。ただ、人生には障害がつきものでそれに遭遇すると、ズンと重く落ち込む。そんなときに自分の意志とは別にふと死にそうになる。ただそれだけのことだった。  病院での生活は悪くはない。生きていたことを損なんて思わない。どちらかというと得をした。  確かに退屈ではあるけど、院内学級があって勉強をしていると時間は過ぎた。 「君の怪我って、交通事故? 運動とかではそうはならないだろうし。もしかして、自殺?」  小児科だからこどもばかりではない。同年代の人もいる。この言葉は彼と同学年と聞かされた女の子からの言葉だ。 「最後のやつで正解」 「ふーん、そうなんだ。それは困ったねー。だけど、生きられるんなら死んじゃだめだよ」  彼女はかなり明るい。病院に居ることが似合わないくらいに。笑顔がとても華やか。いつも車いすでニコニコとしている。生まれつきの心臓の病で入退院を繰り返してる。 「自分から死にたいとは思わないんだ。だけど、俺は弱いから辛いことがあると自殺を繰り返してる。馬鹿だろ?」  他の人にはあまり話さないのに彼女には素直になれる気がして、すんなりと本当のことを話せた。単に歳が同じで自分の弱みを知っているからだろうか。 「馬鹿じゃない。だって、生きたいって思ってるんでしょ? だから自分を弱いって卑下する。悪くないよ。死にたいって思わないのは」 「君は不思議な人なんだな」  二人は顔を合わせると話をするようになる。それだけではない。彼はちょっと賢い学校で成績も良かったので彼女の勉強を見る。彼女のほうは学校に通ってる期間も多くないので勉強は苦手だったから、このコンビは良い出会いになっていた。  日々は過ぎて彼の怪我は段々と回復する。でも、医師や家族は心のほうを心配して入院期間を続けていた。  もう随分と彼は明るさを取り戻し彼女だけでなく、院内学級のこどもたちとも良く話すようになっていた。 「こんなに明るくなるなんて思いませんでした」 「もう、自殺を考えたりはしないんじゃないでしょうか」  母親と医師が彼のことを眺めて話している。 「もちろん通院でカウンセリングを続けていただいて、問題があればその時に考えましょう」  退院の相談だ。そしてそれは当人の彼にも伝えられるが「構いません」と二つ返事になる。  元々彼は死ぬつもりなんてないのだから、こんな返事になるのは当然だ。 「ヤッホー! 退院なんだってね。おめでとう! もう病院に戻らないように」  どこで噂を聞きつけたのかはしらないけれど。車いすの彼女は彼の退院期日が決まると直ぐに話題にしていた。 「まだ通院するから、その時にお喋りしようか」 「うーん、それはどうだろう? こんな病院は必要ないものにするために距離を置いたほうが良いよ」 「俺と話すのはつまらない?」 「そんなことはない! また話したいな。次は病院じゃないところで!」 「わかった。待ってるよ」  友人としてもう二人はかけがえのない絆があった。彼女は彼のことを想って、彼は彼女のことを想っていた。
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