偽りに嫉妬する。

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え? それは見知った声で、すごく求めていた声で、その声の聞こえた方向を見ると・・・。 「で?平民を傷つけることが尊攘活動なんだ?」 体術でパッと地面に男をふせさせている、高く結んだ長髪と私があげた贈り物の薄い黄緑の袴を着た後ろ姿だった。 「い、いや!そ、その!」 彼は自分が注目されていることに気がついたのか、 「二度とするな。」 とだけ言った。冷たく、失望感を伴った声だった。 「あ、あの!助けてくださりありがとうございました!」 看板娘がぱっと彼に寄って頭を下げた。 「お礼になにかごちそうでも・・・。」 「じゃあ、みたらし1つくれる?」 彼は席を探していた。 私は、とっさに、 「沖田さん、まだですね、」 と話しかけた。が、 「・・・。」 寝ている沖田総司。ウザい。使えない。などと暴言が渦巻いている間に彼は私と目があった。 「・・・、紅葉?」 私はとっさに沖田さんを起こそうとして背中においていた手をどけた。 「あ、ああ・・・。、稔麿・・・。」 頭ではぐるぐると思考が回って何も考えられない。どうしよう。それだけが浮かぶ。 稔麿はパッと私の腕を掴むと、店の外の路地に連れてきた。 「紅葉・・・。どういうこと?暫く藩邸からいないのは密偵だったわけ?でもなんで沖田の恋仲になってるの?」 稔麿の声は悲鳴のようだった。私が大好きな声で、私を責める。 「・・・、稔麿には関係ない!!」 「関係ないわけない!!なんで愛してる人と嫌いな人間が付き合うところを見なきゃいけないの?」 ごめんね。そう。これは藩の命令。 密偵のことも、沖田との恋愛事情も、足軽出身の稔麿には言っちゃいけない。 『恋か、お国か。どちらが大事かわかるか?』 晋作、あのときは分からなかったけど、今はすごくわかる。 稔麿との関係か、密偵か。 今、選ばされてる。 私は弱い。だから。 前を向いていった。 「稔麿。ごめん。じゃあね。」 それは永遠の別れの宣言だった。 もしこの密偵活動が終わって、藩邸で稔麿と会えたとしても、もとの神秘的な美しい関係には戻れない。 私は後ろを振り向かず、もう帰ってしまったであろう沖田さんを追って、屯所に帰った。 振り向いたら、きっと、稔麿をより傷つける。 振り向くってことは未練があるって相手に伝えてしまう。 あくまでも金輪際、関わらない。そう決めたから。
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