偽りに嫉妬する。

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紅葉が去っていった。 路地においていかれた僕は、そっと手のひらを見つめた。 まだ、彼女の腕を握ったぬくもりがあった。 一夜を過ごしたときも、神経質な桂さんから逃げて夕日に向かって走ったときも、傍にあったのはこのぬくもりだった。 そのぬくもりは、もうない。 二度と、彼女は僕に触れない。あれはそういう意味。 わかっていたはずだった。 松陰先生が斬首されてから、僕の中で何かがかけた。 消えたというよりも、失ったものだった。 が、京の都で、彼女に会った。 島原の自警団の彼女は、美しかった。酔っ払って絡んでくる客を体術でときふせ、なるべく部下に危険が及ばないようにする凛とした態度。 何度か逢瀬を重ねるに連れ、彼女が長州の生まれと知った。桂さんが先に知っていたと知ったときは桂さんの髪をほんとにカツラにしちゃおうか迷った。 それほどまでに愛していた。 それは狂気とも言っていいくらいだ。 あんなこと、言うつもりなんてなかった。 僕は足軽で、彼女は位もないけど、桂さん管轄。横の情報共有なんてないに等しい。そんなの一番わかってるのに。 路地を出た。 切り替えなければ。明日は会合がある。 僕らはこの国を変えるのだから。
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