長州藩邸

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「稔麿!!」 パッと玄瑞は吉田の頬を叩きながら床に押し付けた。 「っつ!」 九一は呆然としていた。玄瑞は押さえ付けたまま、何も言わなかった。 その時、廊下から足音が聞こえた。 「何事だ!!」 スパンっと障子を開ける。 「げ、玄瑞・・・、九一も稔麿もどうしたんだ・・・・。」 長州屋敷留守居役桂小五郎松菊である。 眼の前には、大柄な玄瑞に押さえ付けられる片頬を赤くした稔麿と、うつむいたまま片頬を抑えている九一だった。 「何があった。」 一番こういうとき冷静そうな九一に尋ねると、 「・・・、なぜ、なぜ身分がこうも苦しめるのでしょうね。私達は選んだわけでもないのに。」 理由もわからず、ほしい回答が得られないが、今は九一にしか聞く宛がない。桂はもう一度、 「何があった。」 と聞くと、 「紅葉のことが稔麿に知られました。傷ついた稔麿は私と玄瑞に問うた。が、私達は何も答えられなかった。ぞれでもしつこく話をする稔麿を私が叩きました。すると稔麿も私を叩きました。それで玄瑞が稔麿を叩き、押さえ付けました。」 事務報告より淡々とした返事だ。 「っ違う!僕が最初に叩いた!」 稔麿は九一の嘘を訴えた。自分を庇うような九一の言葉に俯いてしまう。 「・・・。池田屋の会合は明日だ。稔麿は参加するように。玄瑞、九一は他事を頼む。」 それだけいうと桂はすっと、稔麿の手を引いて出ていった。 「・・・。なんでっ!なんで身分で稔麿が傷つかなきゃならない!!」 どうせ誰かが傷つくなら自分が傷つけばよかった。そう思ってしまうほどに稔麿は傷ついていた。 元はと言えば身分が低いから。それだけの理由。 桂さんは偽りの恋仲であることも知っていたし、医者の身分でも、藩の重役扱いの玄瑞は無論報告を受けていた。 自分は、町で見かけたときに沖田の雰囲気からして察した。 自分だって、沖田に取られるくらいなら・・、と思ってしまう。でも、今の自分がすべきことは、玄瑞へ事実を察したことを伝えること。そして稔麿に感づかれないようにすること。この2つしかできない。無論、紅葉を取ろうなんて論外だ。 でもその結果がこれだった。 まさか紅葉と稔麿が直接ぶつかってしまった。 淡白で冷静そうに見える稔麿だが、傷ついたときの立ち直りは遅い。それは塾生皆が松陰先生のときに感じている。 「・・・、僕らが優先すべきことは国であって恋じゃない。」 玄瑞がボソッといった。 それは夏の蒸し暑い空気と同化し、消えていった。 残るのは気まずさと、無力感だけだった。
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