長い逢瀬

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 昭和六十年七月七日。  願い事を囁き合う園児達が不慣れなひら仮名を使い、それぞれの想いを短冊に寄せている。その光景を微笑ましい気持ちで保母の優子は眺めていた。朝から降り続いている雨は軒先からぽたぽたと垂れ続け、生憎止みそうにもない。 「先生、短冊に何書きよったん!」  前歯が一本抜けた男の子の園児が駆け寄ると、優子は自身の書いた短冊の文字をそっと指腹で撫でた。  小さな秘事のを打ち明けるように声を潜め、園児に笑みを添えて、願いを伝える。 「織姫と彦星が、いつか会えますようにって」 「いつか? 今日、会うんと違うん?」 「お空は雨が降ってるからね。会えるといいなぁって」 「ふぅん。なぁ! オレの書いたん見て!」  園児に手を引っ張られ、色とりどりの短冊の中へと連れて行かれる。  優子はあの日からずっと、七夕になる度に空に願いを掛けている。  人知れず誰にも分からぬよう、小さく深い、叶わぬ願いを。
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