タイムマシンが向かう先には

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タイムマシンが向かう先には

「ママ、ママ、見て!」  先を歩く母親の袖を引っ張り、幼い子どもが声を張り上げる。ひっそりと静まり返った博物館に、その声は響き渡った。 「タクちゃん、どうしたの?」 「ママ、あれ見てよ!」 「どれどれ――」  長めの白衣に身を包んだ博士は、多くの報道陣に囲まれていた。  無数のフラッシュが得意げな博士の顔を照らし、それと同時に、背後でその存在感を放つ、見慣れぬ乗り物へと熱い視線が注がれた。 「博士! この度は、おめでとうございます!」司会の男がマイクを向ける。 「我が研究のすべてが詰まったこのタイムマシン。皆さんにお披露目できることを誇りに思う」 「本日、この会見の場でタイムマシンの実演をしていただけるとのことですが、博士はどのような目的でこのタイムマシンを開発されたのでしょうか?」 「どのような思い?」 「えぇ。たとえば遠い過去に遡って、まだ明かされていない歴史の真実を暴いたり、未来からまだ見ぬ技術を持ち帰ったり――」 「それはだねぇ――まぁ、タイムマシンの実演後に答えるとしよう」  煮えきらない博士の回答に焦らされ、記者たちは一様にやきもきして見せた。 「早く早く、あそこ、見て!」  我が子に促されるまま、彼の母親は腰を屈め、歴史博物館に設置されたジオラマの中を覗き込んだ。 「急にねぇ、あそこに博士みたいな人が現れたの!」 「博士? どれどれ……あらっ、ほんと!」  目を凝らすと、白衣に身を包んだ博士と思しき男が、ジオラマの中を駆けていくのが見えた。  精巧な模型で作られたジオラマ。ある時代の一瞬を切り取った不動の世界。その中にあってただひとり、圧倒的な違和感とともに、博士らしき人物は躍動していた。  その人物は一軒の茶店の前で立ち止まると、息せき切って走った反動からか、膝に手をつき、呼吸を整えている。しばらくして顔を上げると、目の前に立つ小袖に雪駄姿の町娘に微笑みかけた。 「わぁ、誘拐だ!」  まさかの光景に子どもが叫ぶ。なんとその男は強引に娘の手を取り、全速力で今来た道を引き返していった。  博士が乗り込んだタイムマシンは、数秒間の振動を見せたあと、突如としてその姿を消した。目の当たりにしたイリュージョン。記者たちは色めき立った。あれから数十分が経ち、記者たちは今か今かとその帰りを待っていた。 「こんな偉大な発明をした博士のことだ。とんでもない歴史の真実を持ち帰ってくるかもしれないぞ」 「未来に待つ驚愕の発明品を持ち帰ってくるんじゃない?」 「空飛ぶ車とか? 不老不死の薬とか?」  膨らむ想像を口々に言い合う記者たち。その中のひとりが異変に気づき指をさした。 「おい! 見ろ!」  記者たちは一斉に視線を向けた。そこには陽炎のようにゆらゆらと揺れながら形姿を見せはじめたタイムマシン。徐々にその輪郭は濃くなっていき、出発前の姿へと。機体から放つ熱で、時間旅行からの帰還を告げた。  我先にとばかり、記者たちが駆け寄る。  プシューという軽快な空気音とともに乗降口が開き、中から博士が降りてきた。そして背後には、連れられるようにして博士に手を引かれる町娘の姿が。  歴史の教科書で目にした風情の娘。なぜ彼女がタイムマシンから降りてきたのか。予想もつかない展開に、記者たちは呆気に取られている。町娘本人も、眼前の状況を理解できず、ひどく怯えている様子だ。  会場の気まずい空気を察知したのか、博士は咳払いをひとつ。その口を開いた。 「ある歴史博物館を訪れたときにだね――」  博士の声が合図と言わんばかり、四方八方からフラッシュが焚かれた。 「とあるジオラマを目にしたのだよ。江戸時代の町並みを再現したジオラマだ。私は、その中でひときわ輝く存在を見つけてしまった」  そう言うと博士は、背後の娘を指さした。 「彼女だよ。その瞬間、私は彼女に恋をした。まぁ、見果てぬ恋とでも呼ぼうか。ただ、諦めてなるものか。そこで思い立った! 江戸時代にタイムスリップできれば、彼女を手中に収められる。そのために私は研究に研究を重ね、このタイムマシンを開発した!」  大義とは程遠い博士の回答に、困惑気味の記者たち。誰しもが博士の言葉に二の句が継げないでいた。 「先ほど、記者の誰かが私に問うたね? タイムマシンを開発した目的は何だ? と。端的に言うとだねぇ、婚活のためだ」  記者たちは完全に閉口し、眩いほどに焚かれていたフラッシュも、すっかり鳴りを潜めてしまった。 「さぁ、町娘よ。いや、私の一目惚れの君よ。私はずっとずっと、あなたに会いたかった。そして今、こうしてふたりは出会えた。偉業を成し遂げたこの私と、結婚してはくれないか!」  博士が娘の前へと手を差し出す。  まだ一ミリも事態を飲み込めずにいるのだろう、困惑しモジモジしている娘。ただ、求婚されていることだけは理解したようだ。 「あ、あのぅ。わたし、夫がおりましてですねぇ……」 「な、なんと!? そういうことか!」  渾身のプロポーズに失敗した博士は、意外にも落ち込む素振りを見せず、納得した様子で何度も頷いてみせた。そして、娘の前に差し出した手をスッと戻すと、再びタイムマシンに向かって歩を進めた。 「博士、どこへ?」  記者のひとりが博士の背中に尋ねる。  すると博士は振り返り、自信に満ち溢れた表情で言った。 「この娘が結婚する前の時代に遡って、改めてプロポーズしてくるよ」
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