視聴者数0人

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視聴者数0人

 Aさんが、暇つぶしに某大手動画サイトのオススメ欄を見ていた時のことだ。  ふと、あるチャンネルが目に止まった。    『※島※※美ちゃんねる』  サムネイルにはアニメのキャラのような女の子の絵が使われていた。おそらく、今流行りのvtuverだろう。そのチャンネルは生放送中のマークがついており、視聴者数は0人だったそうだ。配信のタイトルは、  お話しましょう  だった。  Aさんはvtuverには興味が無かったが、誰も見ていないのに放送を続けているこのチャンネルの主に、微かな同情を覚えてしまった。ちょっとした人助けのつもりで、Aさんはそのチャンネルを覗いてみることにした。  真っ黒な画面が映し出された。  ざあざあ、と、テレビの砂嵐のような音が聞こえる。  視聴者数は1人になっていた。  なんだこれは? Aさんは眉根を寄せ、そのチャンネルを閉じようとしたのだがーー    『やっと、きてくれた』  真っ黒な画面から、女の子らしき声がした。  ただし、その声は昭和初期のテレビ番組のようにひび割れており、どこか機械的だったそうだ。  Aさんは一瞬ぎょっとなったが、これがこの動画主のカラーなのだと即座に察した。  vtuverは声が命と聞いたことがある。この歪な声は、そのためのキャラ作りなのだと、Aさんは勝手に解釈した。  黒い画面から、再び声がする。  『わたしに、してほしいこと、ある?』  随分とサービス精神が旺盛だな。Aさんは苦笑した。どうやら視聴者が来てくれたことがよほど嬉しいらしい。  少し覗くだけのつもりだったが、せっかくなので相手をしてやろう。  そう考えたAさんは、キーボードに手を伸ばした。その動画サイトは、配信中にチャット形式で相手にメッセージを送ることが出来る。Aさんは少し考え込んだ後、ちょっとしたいじわるで、  ーーーあなたに会いたい  と、書き込んだ。  返事はすぐに返ってきた。  『いいよ』  瞬間、玄関のチャイムが鳴った。  Aさんは大声を上げ、危うく椅子から転げ落ちそうに鳴った。  なんつータイミングだよ。  Aさんは悪態をつきながら立ち上がり、玄関へ向かった。来客の心当たりは無かったので、念のためドアスコープを覗いて確認した。  何も見えなかった。  Aさんの住むアパートの共用廊下には照明がついている。例えそれが切れていたとしても、アパートのすぐ側の街灯や民家の灯りで、外は確認出来るはずである。  それなのに、何も見えない。  真っ暗である。  その暗闇に、説明できない恐怖を感じる。  Aさんは玄関のドアノブから手を離した。開けてはいけない、と脳のどこかが激しく警鐘していた。Aさんはゆっくり後退り、逃げるように自室に戻った。  ドアを閉め、一息つく。そして、何の気無しにPCを見やる。  見知らぬ景色が映っていた。  どこなのかは不明である。恐らく何かの建物内であろうが、そこはひび割れだらけの無機質なコンクリートの壁に四方を囲まれ、天井には傘のついていない裸電球、そして真ん中には錆びついたパイプ椅子が置かれていた。人や動く物は見当たらない。まるで静止画のような景色を、その動画は延々と垂れ流し続けていた。  椅子から転げ落ちそうになった時、違う動画のリンクを押してしまったのだろうか? Aさんは改めて画面を覗き込んだ。  そして、ゾッとした。  動画のタイトルは『お話しましょう』、チャンネル名は『※島※※美ちゃんねる』。先程の、あのチャンネルのままだったのだ。  画面が切り替わった?  Aさんはヘッドホンを拾い上げ、耳に当てる。テレビの砂嵐のような音はそのままだったが、女の子の声はしなかった。チャット欄を確認する。先程の『あなたに会いたい』という書き込みの後に、  『来たよ』  と、一言書かれていた。  Aさんはがくがくと身体を震わせながら玄関の方を見やる。  ドアスコープの向こうは暗闇が広がっていた。  その暗闇は、先程の配信画面の暗闇と同じでは無かったか?  そう、まるでーー  誰かが、顔を押し付ける格好で、レンズの向こう側から、こちらを覗き込んでいるかのようなーー  玄関のチャイムが、再度鳴った。                   <了>    
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