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花梨との付き合いは長い。付き合いといっても恋愛関係というわけではない。彼女と僕は、同じマンションに住んでいて小学校の時からの幼馴染であるという、それだけの関係である。
同じマンションなので通学班も一緒だったし、中学も学区が同じだった。高校も、近くて通いやすいところを選んだら彼女も同じだった(僕はともかく、偏差値的に彼女は相当頑張って勉強したと思われる)。その結果、高校生になった今でもなんだかんだと一緒にいる時間が長い。多分それは、昔からの慣習もあるのだろう。
小学生の頃、花梨はとってもチビだった。
幼稚園の頃の彼女は知らないが、その頃からいじめっ子にいじめられる事が多かったらしい。多分それは、花梨が結構可愛い顔立ちをしていたからというのもあるのだと思われる。ようは、ガキ大将たちのいじめは好意の裏返しだったのだ(だからといって、花梨にとっては迷惑極まりなかっただろうが)。
仕方なく守ってやっていたのが僕だった。僕も僕とてそこまで背が大きく腕力があるわけではなかったが、生憎幼稚園の頃からサッカーをやっていたので体力と脚力はあったのである。どいつもこいつも、走り回ってお尻を蹴っ飛ばしてやればみんな泣いて逃げていった。そのたび、僕の後ろに隠れて泣いていたのが彼女だったというわけである。
幼馴染というより、妹に近い存在だと言っていい。
中学に入ってバレーボール部に所属してからというもの、花梨は身長がにょきにょきと伸びて170cmを超えるまでになった。対して僕は未だ160cmそこそこしかない。ついでに僕がちょっと童顔で彼女が大人びた容姿なので、一緒にいると姉と弟のように見られることもしばしばなのだった。
それでも。
――中身はあんま、変わってないんだよなあ。
ぶつぶつ呟いている花梨を見ながら僕は思う。列が少し進むたび、ぷるぷると小鹿のように足を震わせているのがなんとも面白い。
――甘えん坊というか、なんというか。頼られるのは全然嫌じゃないんだけど。
体は大きくなっても、彼女は甘えん坊の妹のままだった。部活の終わりに待っていて一緒に帰ってくれなきゃ怖いと言うし、勉強に付き合ってくれと拝み倒されることもしばしば。普通、この年になれば異性としてもう少し意識して遠慮することもありそうなものだが、彼女は周囲の目さえ気にならないらしい。確かに、自分達は一緒にいても、カレカノに見られるような見た目ではないのかもしれないが。
今回もそう。普通、同い年の男に“ジェットコースターとお化け屋敷を克服したいから一緒に付き合ってくれ”なんて頼むもんだろうか。
ここまで意識されてないと、もはや笑う気にもなりゃしない。
――まあ、別にいいけどさ。花梨だし。あの花梨だし。
何故突然、怖いものを克服しようなんて思うようになったのかはわからない。
女子バレーボール部の友達に何か相談していた様子だったので、アドバイスでも受けたのかもしれなかった。確かに、遊園地に来てこの手のものが一つも乗れないとあっては、友達と一緒に遊ぶ場合さえ支障が出るような気はするが。
「か、か、カイくんっ!」
今日は土曜日なので、遊園地はそこそこ混んでいた。ジェットコースターは三十分待ち。某夢の王国と比べれば、どうってことない待ち時間である。乗り場が近づいてくれば当然、乗っている人の絶叫もよく聞こえるようになってくる。
さすがに恐怖が限界に達したのか、彼女はひっくり返った声で僕を呼んだ。
「もももも、申し訳、ないんりゃけど!て、手を、握ってて、くんにゃい、かなっ!」
「はいはい。いつものね」
これも毎度の話。乗る直前は、怖いから手を握っていてくれと彼女は言う。僕は呆れて、はい、と右手を差し出す。その僕の手を、鍛えた彼女の手が力強く掴んだ。
ふるふるふるふる、という彼女の震えがゆっくり収まってくるのがわかる。こんなので落ち着けるというのだから人間はわからない。
「スマホとか今のうちに鞄にしまっておけよ。あと、シュシュは吹っ飛ぶかもしれないから外せよな」
「わ、わかってるってば。は、は、外してもらってもいい?」
「はいはい」
僕は言われるがまま、彼女のポニーテールから水色のシュシュを抜き取る。ほんのりと汗で湿っていて重いような気がした。まったく、“お兄ちゃん”も楽ではない。
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