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第6章 1月23日 その1
「本間さん、これってやっぱり相続絡みの事件だったのでしょうか?」
「うん。金持ちの叔母を殺して、その罪の意識に苛まれた犯人が逃亡したというのが一番濃厚な線だろうな」
三日月は警視庁だか警察庁だかの幹部の息子らしく、そのコネで警察に入ったと噂された存在だった。それで叩き上げではあったが窓際的存在の本間とペアを組まされていた。彼らはいつも一緒だった。そして事件の本筋とはあまり関係がない仕事を担当させられていた。
「それって目撃情報があったんですよね?」
「うん。被害者が殺された時刻に被害者宅を甥の暮地正夫が訪ねて来たという情報があったんだよ」
「そうなんですね」
「それで捜査本部も暮地正夫が重要参考人ということで動いているんだ」
「ですが、どうして僕らは暮地正夫の捜索には一切関わらせてもらえなくて、暮地響子の死亡を彼女の相続人に知らせるだけの仕事をしているんですか?」
「三日月、そんなことがわからないのか。上は相続人の反応を見て来いという意図なんだよ」
「え?」
「これが財産絡みの事件なら響子の相続人全員に動機があることになるだろう?」
「ですが正夫がホンボシということだと、逃亡した正夫の行方を追った方が手っ取り早くないですか?」
「捜査は手っ取り早いとか、早くないとかそういうものじゃないんだ。地道な捜査こそ大事なことなんだよ。わかるか?」
「はい。それはわかります」
「つまり、一切の可能性を全てつぶしていく作業が大事なんだ」
「でも、いつまでこの仕事を続けるんですか?」
「上からの指示があるまでだ」
「そうですか、わかりました」
「三日月、暮地響子の相続人は何人だったか?」
「甥の暮地正夫、姪の佐伯さくら、そして甥の息子の暮地修、以上の3人です」
「すると、暮地正夫はそういうことだから除外して、残りの佐伯さくらと暮地修に会わなきゃいかんな」
「はい」
「しかし佐伯さくらはいいだろう」
「いいとはどういう意味ですか?」
「佐伯さくらの住民票の住所には行っただろう?」
「でも、佐伯さくらはあそこには住んでいませんでしたが」
「そこにいた佐伯さくらの娘、なんて言ったっけ?」
「大森美紅です」
「そうそう、大森美紅。あの大森美紅が言うには、佐伯さくらは別の所に住んでいるということだったな」
「ですから、佐伯さくらには会っていないということになりますよね?」
「会ってはいないな」
「じゃあ無駄足だったんですよね?」
「無駄じゃないさ。だって、そこで次に寄るはずだった暮地修には会うことが出来たろ?」
「そうでした」
「だから一石二鳥だよ」
「二鳥?」
「佐伯さくらにはあの娘から伝えてくれるはずだよ。そして暮地修の所にはもう行かなくて済んだんだからな」
「なるほど」
するとそこで本間が考え込んだ。それで三日月はどうしたのかと本間の様子を窺った。
「あの暮地修、怪しくなかったか?」
「どうしてですか?」
「彼はどうして響子が亡くなった日にあの家に来たんだろうか。彼はこちらの動きを探っていたんじゃないか?」
「警察の動きを、ですか?」
「うん」
「だって、偶然すぎるだろ?」
本間はそう言って再び考え込んだかと思うと、突然暮地修に会いに行こうと言い出した。
「二度も暮地修に会ってどうするんですか?」
「実はお前がやったのかって聞いてみるか?」
「え、だって暮地響子殺しの犯人は暮地正夫ですよね?」
「確定はしていないさ。重要参考人だけどな。だからもしかしたら別に真犯人がいるのかもしれない。暮地正夫だってもしかしたらその真犯人に殺されているかもしれないぞ。もしそうだったら俺たちの手柄だぞ!」
「では、あの暮地修が実は犯人だということですか?」
「よくわからんが、それで上は俺たちにこのような聴き込みをさせているんじゃないか?」
「なるほど。きっとそうですね!」
それから本間と三日月は暮地修の家に向かった。そこは一戸建てだった。見た目が30そこそこの男が一戸建てに住んでいるのはおかしいと思ったが、それは両親が残したものだろうという結論に達した。
「ごめんください」
いつも最初に声を掛けるのは三日月の役目だった。そして家人が出てくると三日月は後ろに下がり、今度は本間が応対をするのだった。風邪などで喉をやられた時は最初の声掛けを本間に代わってもらいたいと思うこともあった。しかし大先輩の本間にはそんなことはとても言えなかった。すると玄関のドアが突然開いた。しかしそこに立っていたのは暮地修ではなく、スーツ姿の男女だった。
第7章 1月23日 その2
「あ、どうも」
三日月は反射的にその二人に挨拶をした。するとその二人も三日月に頭を下げた。
「先約ですか?」
三日月は男の方に声を掛けた。
「そうではないのですが、こちらの暮地修さんにお話があって伺いました」
「そうですか。私たちは警察の者です」
「警察の方ですか?」
影山が大きな声を上げたので、それに反応した暮地修が身を乗り出して三日月を見た。すると、今まで三日月の後ろに隠れていた本間が三日月を押しのけて前に迫り出して来た。
「あ、暮地さん、先日は大森さんのお宅で失礼しました」
「あの時の刑事さん?」
「はい。今日はちょっとお話をお伺いしたくて来たのですが」
「そうですか。では皆さん、玄関ではなんですから中にお入りください」
しかし本間は自分たちだけならまだしも、それ以外の二人と同席することが納得出来なかった。
「暮地さん、亡くなった暮地響子さんのことで話があるんですよ。ですから、あなただけとお話をしたいんですが」
「実はこちらのお二人もその響子大叔母さんの件でいらしているんですよ。ですから、ご一緒にと思ったんですが」
「この二人も暮地響子さんの件で?」
すると品定めをするような目で本間が影山と鈴木を見た。
「ええ、こちらは探偵さんなんです」
「探偵?」
三日月も暮地修のその言葉に本間の肩越しからその二人を覗いた。
第8章 1月23日 その3
4人が暮地修の家に入ると最初に影山が相続の件でここを訪ねた説明を簡単にした。それから次にその話を黙って聞いていた本間が影山の話が終わると自分の話を始めた。
「お伺いしますが、暮地響子さんはあなたの・・・・・・」
「大叔母です」
「大叔母?」
「祖父の妹です」
「なるほど。それでその大叔母さんは資産家だったということですね?」
「はい。でもそれは最近知りました」
「最近ですか。ではそれまではご存知なかったと?」
「はい。その存在すら覚えていませんでした」
そう言って暮地修が苦笑いをした。
「そうですか。ではそれはいつ思い出したのですか?」
「刑事さんが美紅さん、僕の従姉ですが、彼女の家に来た日です」
「どうしてあの時に思い出したのですか?」
「その従姉に聞いたからです。そういう御仁がいたと」
「そうなんですか」
本間は険しい目で暮地修を見た。
「でもその大叔母さんが亡くなって、それであなたに遺産が入ることになったのですよね?」
「はい」
「そのことは知っていましたか? 大叔母さんが亡くなればあなたにも財産が入るということを」
「いいえ」
本間は再び険しい目で暮地修を見た。
「こちらの探偵さんが来るまでは知りませんでした。この探偵さんにそんな遺言があったことを知らされて、それで知ったんです」
「あなた方はどうしてその遺言のことを?」
そこで本間は影山に質問を変えた。
「暮地響子さんから生前に遺言書の作成を頼まれていたんです。それでその暮地響子さんが亡くなったと聞いたものですから、それでその遺言の執行に動き出したのです」
「聞いたって誰にですか?」
「警察の方に」
本間は一瞬、え? という顔をした。しかしそれ以上詳しいことを聞いても意味がないと思ったので、質問を暮地修に戻した。
「暮地さん、それであなたにはどれだけの財産が入るんですか?」
「2億円が少し欠けるくらいだと探偵さんから聞きました」
暮地修のその言葉に影山は黙って頷いた。
「大叔母さんの相続人はあなた一人ですか?」
「いいえ、他に二人います」
「誰ですか?」
「伯母のさくらと伯父の正夫です」
「では三人で三等分ですか?」
「そう聞いてます」
「ではもし伯父さんがその相続人から外れたら、それが二等分になるわけですよね?」
「え?」
「遺産が1億円近く増える計算ですが」
「その質問の意味がわかりませんが」
そこで暮地修と本間がしばらく見つめ合う状態になった。
「ところで刑事さん、この件に関してその佐伯さくらさんには話を伺いましたか?」
するとその沈黙を破るように横から影山が割って入った。
「え、佐伯さくらさん?」
「はい。もう一人の相続人の佐伯さくらさんです」
「いいえ、まだですが」
「これが遺産に関わる事件だったらその佐伯さくらさんだって怪しいのですよね?」
「遺産に関わる事件だとはまだ決まっていません」
「ですが、そんな話しぶりでしたが」
「いいえ、私たちは色々な可能性を考えていますので」
「そうなんですね」
「ですが、その佐伯さくらさんは女性だし、もうお歳ですからね。まさか殺人なんて出来ないんじゃないかと私たちは考えています」
「暮地響子さんの死因はなんだったんですか?」
「アルカロイド系の毒です」
それには三日月が答えた。するとそういう情報は勝手に話すなと本間が注意した。
「毒殺でしたら女性にだって犯行は可能ではないですか?」
「まあ、そうですが」
「刑事さんはこの暮地修さんを疑っているんですか?」
「一応全ての可能性を考えていますから」
「ですがこの暮地修さんは私たちが遺言の話をした時に本当に驚いていましたよ。ですから、きっと初めてそのことを聞いたんだと思いますよ」
「ではやっぱり暮地正夫が犯人か?」
本間は影山のその言葉を鵜呑みにしたわけではなかったが、そう呟いた。
「伯父が容疑者なんですか?」
そこで暮地修が本間に尋ねた。そこで再び暮地修と本間の会話が始まった。
「暮地響子さんは殺された日に暮地正夫さんと一緒だったようです。目撃者がいるんですよ」
「そうだったんだ」
「でも今、暮地正夫さんは行方不明です」
「行方不明?」
「ええ、もしかしたら逃亡を図ったのではないかという見方も出来るんでね」
「そんな」
「暮地正夫さんは自宅に一人暮らしですよね?」
「詳しくは知らないです」
「伯父さんの家族構成を知らないんですか?」
「はい」
「本当ですか?」
本間は不審な目で暮地修を見た。
「はい」
「暮地正夫さんは奥さんと離婚しています。二人には息子が一人いましたが、随分前に亡くなっています」
「そうだったんですか」
「そうだったんです」
本間は暮地修を見て苦笑した。
「刑事さん、では今の状況は行方不明の暮地正夫さんが容疑者ということですか?」
そこに今まで黙っていた影山が割り込んだ。
「そうなりますかね」
「歯切れが悪いですね?」
「しかし別に犯人がいる可能性も否めません」
「別に犯人が?」
「はい」
本間はそう言って暮地修をじっと見た。
「それでは、佐伯さくらさんに事情を聴いてからじっくり推理されては如何でしょうか」
「そのつもりではいます」
本間は影山には目を合わさずそう答えた。
「他の捜査員は暮地正夫さんの行方を追ってるんですよね?」
「ええ」
「そしてあなた方は別の相続人が真犯人ではないかと捜査している」
本間が頷いた。
「では別部隊が暮地正夫さんを見つける前に佐伯さくらさんの事情聴取をすることが得策ではありませんか?」
影山にそう言われて三日月が本間の方を見た。しかし本間には次の行動を起こす気配がなかったので、三日月は思い余って本間の背中を叩いた。
「本間さん!」
その時本間は三日月の言葉にはっとして頷いた。
「わかりました。それでは今日はこれで引き上げます。また何かお尋ねすることがあると思いますのでその時は宜しくお願いします」
本間は最後にそう言うとゆっくりと立ち上がった。そして三日月には目を合わさずに、気軽に人を叩くなと言うと一人で玄関へ向かった。後に残された三日月は三人に頭を下げると本間の後を追った。
「なんか僕が疑われてる気がしたんですが、探偵さんはどう思いますか?」
二人の刑事が帰ると暮地修がぼそっと影山に尋ねた。
「僕はあなたの無実を信じていますよ」
「ありがとうございます。でも本当に僕は何も知らなかったんです」
「知っています」
影山は笑顔でそう答えた。
「でも大叔母が殺されて、そして伯父が行方不明になると、やはりこれは遺産をめぐる事件だと考えるのが筋ですよね?」
「今のところはそんなところですね」
影山は暮地修の話をそのまま受け止めた。
「でも、実は一つ気になっていることがあるんです」
「気になること?」
「はい。実は僕、前に変なメールをもらったんです」
「メールですか?」
「あの時は迷惑メールかと思って気にも留めなかったんですが、こんなことが起きると、もしかしたらあのメールが何か関係があったのではないかって思えて来るんです」
「それはどんなメールだったんですか?」
「かぎ回るな、です」
「かぎ回るな?」
「はい」
「それだけですか?」
「はい。でも何をかぎ回るなかもわからないし、全然心当たりがなかったんです」
「なるほど」
「でもあれ以来その手のメールは一切来ていないし、あれはあれで何者かが目的を持って僕に送ったメッセージだったんじゃないかって思うんです」
影山はじっと暮地修を見た。暮地修は思案に暮れていた。そこで影山は今までずっと思っていたことを暮地修に話すことにした。しかしそれは話というより寧ろ影山の決意であった。
「もし、暮地響子さんの事件の犯人が相続に関係しているとしたら、僕も事の成り行きをただ見守ってるわけには行かないと思うんです。と言うのも、法律に相続欠格というのがあるからなんです」
「相続欠格ですか?」
「ええ、例えばもし暮地正夫さんが暮地響子さんを殺したとなれば、正夫さんは相続人となることが出来ないという規定です。ですから相続人に遺産を適正に分ける職務を任された僕としては受け身でいるわけにはいかないんです。それで警察とは別にこの事件を調査してみようと思うんです」
「つまりこの事件を探偵さんが解決してくれるということですか?」
「見事解決出来るかはお約束出来ませんが、全力は尽くします」
「うわあ、頼もしいなあ!」
影山はそこまで話をすると、すっかりその場でくつろいでいた鈴木に目で合図をした。
「先生、もう行かれますか?」
「うん。早速この事件を調査し始めないとね」
「わかりました」
影山は鈴木の返事を聞くとゆっくり立ち上がり玄関に向かった。そこで影山を見送ろうと暮地修が椅子から立ち上がると、突然鈴木が彼に近寄って来て耳打ちをした。
「うちの先生は有名な探偵なの。だから警察からの情報も欲しいだけ入ってくるんです。そんな先生と出会ったなんて暮地さんはすごくラッキーだと思いますよ」
暮地修は一瞬テレビの占いのあの言葉を思い出した。
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