禁じられた名前(影山飛鳥シリーズ07)

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第9章 1月24日 その1  影山は暮地響子の相続を処理するに当たり、暮地修を含めた関係者全員の戸籍を収集していた。影山はそれを元に助手の鈴木に相続人の関係図、つまり系図を作るよう指示を出していた。 相続人の暮地響子は生涯独身だった。彼女には兄が1人いた。その兄には6人の子どもがいて、そのうち3人が幼い頃に亡くなっていた。そして残ったのが長男の暮地正夫、長女の暮地さくら、そして五男の暮地収だった。 長男の暮地正夫は結婚をして徹という息子がいた。その一人息子は既に亡くなっていた。その後暮地正夫は妻と離婚をした。長女の暮地さくらは結婚をして佐伯の名字になっていた。彼女には娘が1人いて美紅という名前だった。その後、さくらも離婚をしたが名字は佐伯のままだった。それから五男の暮地収の一人息子が暮地修だった。暮地修の両親は既に亡くなっていた。  鈴木はそれからパソコンを使い、それらを図表にした。そこには全員の生年月日、没年月日が打ち込まれた。そしてその図表をプリントアウトしたものを影山に手渡した。 「これを見ると長男の正夫さんと長女のさくらさんは大変だったんじゃないかな?」  影山はそれを眺めながらそう言った。 「どういうことですか?」 「正夫さんたちのご両親は早くに亡くなられているんだね。母親は五男の収さんが生まれて間もない頃に亡くなっている。父親もそれから1年ちょっとで後を追うようにして他界しているんだ」 「じゃあ残された子どもたちは長男の正夫さんの稼ぎで生活をしていたのですか?」 「恐らくそうだろうね。でもその後次男、三男、四男が次々に死んでしまってるね」 「若い正夫さんの収入では6人が清潔な環境を保ったり、十分な栄養をとることが難しかったんじゃないでしょうか?」 「うん」 「でもその頃、暮地響子さんはどうされていたんでしょうか?」 「正夫さんからしたら父親の妹、つまり叔母さんだからね」 「あれだけの資産を抱えていて何も援助をしなかったのでしょうか?」 「うん」  影山はその辺りに今回の事件の原因があるのかもしれないと思った。 「もし暮地響子さんが甥っ子たちに何の援助もしないで3人が亡くなったとしたら、それを恨みに思うことだってあると思うんです」 「そうだね」 「するとその恨みを抱いていたのは長男の正夫さん、長女のさくらさん、そして五男の収さんになります」 「しかし収さんは既に亡くなっている」 「すると残ったのは正夫さんとさくらさんですね」 「暮地響子さんの死因はアルカロイド系の毒だったね」 「はい」 「すると女性でも犯行が可能だということだね。それを飲ませればいいだけだから」 「するとさくらさんが犯人ですか?」 「そう決めつけるのはまだ早いさ」 「では逃亡中の正夫さんですか?」 「それよりも兄弟が窮している時に叔母の暮地響子がどうしていたかを調べる必要があるんじゃないかな。この事件の核はその当たりにあると思うんだよ」 「はい」 「鈴木君、あの本間とかいう刑事、彼に連絡を取れないかな?」 「手配してみます」 「頼むよ」  影山は本間が佐伯さくらに聴取したとすれば何かその辺りのことを聴き出せたかもしれないと思った。 第10章 1月24日 その2 「さくらさん、それでね」  本間と三日月の二人の刑事は佐伯さくらのアパートを訪ねて、かれこれ1時間近くねばっていた。しかし佐伯さくらからは、これといった話を一向に聴き出せずにいた。 「本間さん、無理ですね」  それでとうとう辛抱強い三日月もこれまでだと根を上げたのだった。 「このばあさん、呆けちゃってますよ」  本間にはそのアパートを訪ねて来て、初めてさくらの前に立った時からそのことはわかっていた。しかしそれでもなんとか話が聴けるのではないかという望みを抱いていたのである。ところがこの1時間、本間たちは同じことを聴き、そしてその老婆は同じ答えを繰り返していた。本間もさすがに疲れてしまっていた。 「おばあちゃんの名前は佐伯さくらさんですか?」 「はい。そうです」 「暮地響子さんはご存知ですか?」 「その人は誰ですか?」 「あなたのお父さんの妹さんですよ」 「私の父をご存知ですか?」 「いいえ」 「父には最近会っていませんが元気にしていますか?」 「あなたのお父さんは亡くなっていますよ」 「え?」 「あなたのお父さんの話ではなくて、お父さんの妹さんのお話を聴きたいのですが」 「それは誰ですか?」 「暮地響子さんです」 「その人は誰ですか?」 「あなたの名前は佐伯さくらさんですよね?」 「はい。そうですが」  そして本間と三日月がそろそろそこを退散しようとした時だった。三日月の携帯に電話が掛かって来た。 「はい、もしもし」  三日月はその電話に慎重に応答していた。それで本間にはそれが上司からの電話だとわかった。しかし自分にではなく若造の三日月に掛かったのである。それでそれはずっと上からの電話なのだと理解した。 「本間さん、これから緑が丘に向かいます」  電話を切った三日月が唐突に本間に言った。 「緑が丘?」 「はい。この前会った探偵の事務所がそこにあります」 「そこへ行けという上の命令か」 「はい」 「はいはい。了解しました」  本間は勝手な上の命令には納得出来なかったが、これ以上佐伯さくらのアパートにはいたくなかった。
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