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第13章 1月24日 その5
「暮地さん、正直な話、暮地響子殺害はあなたではないかと思っているんです」
「やっぱりそうですか」
「違いますか?」
「刑事さんはどうしてそう思うんですか?」
「それは暮地正夫が亡くなった今、一番得をするのがあなただからです」
「それはそうですが、結果そうなったというだけです」
「どういう意味ですか?」
「例え響子大叔母さんを僕が殺してもその時点では正夫伯父さんの自殺までは予想がつかなかったわけですから」
「つまり?」
暮地修は自分の言いたいことをまだ本間がわからないのかという顔をした。
「つまり、結果的に正夫伯父さんが自殺をして僕の取り分が増えましたが、それは結果としてそうなったというだけです」
「では、暮地正夫さんが自殺ではなくて他殺だったらどうなんですか?」
「そうなんですか?」
「いいえ。鑑識は自殺だと断定したそうです」
「じゃあやっぱり僕が犯人だという線は薄いんじゃないですか?」
「でも、今回の事件は暮地響子の相続にその原因があると思っているんです」
「それはわかります」
「そして遺産が分けられるのは佐伯さくらさんと暮地修さんの二人になったわけです。しかし佐伯さくらさんはあのように呆けちゃってます」
「だからって僕が犯人だっていうのも、なんか無理があると思うんですが」
二人のやりとりを影山は目をつぶって黙って聞いていた。一方、鈴木はうつむきながら苦笑していた。
「本間さん、いいですか?」
すると先ほどから二人のやり取りを黙って見ていた三日月がこれ以上醜態をさらしたくないと本間の話に割って入って来た。
「お、なんだ、三日月」
「この事件の発端は確かに暮地響子の相続にあると思うんです。それで容疑者も彼女の相続人の中にいると踏んでいます」
本間が黙って頷いた。
「確かにそうなんですが、僕はその相続の範囲をもう少し広げて考えてみたんですよ」
「え?」
本間が少し驚いた顔になった。
「広げたってどういう意味ですか?」
暮地修も三日月の発言に興味を示した。
「暮地響子さんの親族の範囲をもう少し広げてみたんです。するともう一人、あなたのように得をする人物を見つけたんです」
「三日月、いつの間にそんなことを調べていたんだ?」
今まで黙って三日月の話を聞いていた本間が慌てた顔になって三日月を見た。
「公用請求といって逮捕状が出た被疑者の戸籍を自治体に請求するのが僕の仕事なんです」
すると本間の質問にまるで影山に説明をするように影山に向かって三日月が話し始めた。
「今回の事件は再三話に出ているように、相続に関係した複雑な事情が関係していると思われます。そこで、被害者と被害者の相続人の詳細な関係を把握しようと全員の戸籍を細かく集めてみたんです」
「それで何かを発見したんですね?」
目を輝かせた影山が三日月に尋ねた。
「はい」
「是非聞かせてください」
三日月は同意を求めるように本間を見た。すると本間は黙って頷いたので三日月はその先を続けた。
「暮地正夫さんには一人息子がいました。名前は徹というのですが」
「聞いたことがあります」
暮地修がそれに答えた。それで三日月は暮地修に向かって話を続けた。
「しかし、その徹さんは既に他界しています」
「そうでしたか」
「ご存知ありませんでしたか?」
「正夫伯父さんとは全くお付き合いがありませんでした。父が生きていた頃は父が個人的に連絡は取っていたようでしたが」
「疎遠だったんですね」
「かなり年齢が上の方だったので」
「なるほど」
「それで徹さんという息子さんが亡くなられてどうしたのですか?」
「あ、失礼、その話でしたね。ええと、その徹さんにも息子さんがいたそうなんですが、それはご存じでしたか?」
「いいえ。知りませんでした」
「でもその息子さんは行方不明なんですよ」
「その方がどうかしたんですか?」
「だって暮地正夫さんが亡くなればその財産はその息子の徹さんに行くわけですよね。 でもその徹さんも亡くなっていたら、それは更にその息子さんに行くわけです」
「なるほど」
「しかもその徹さんの息子さんは行方不明」
「怪しいと言えば怪しいですね」
「ですからその人物も追っかけてみたいんですよ」
三日月はそう言って本間を見た。
「わかった」
それに本間は頷いてそう答えた。
「ですから暮地さんの協力も是非仰ぎたいと」
「僕で出来ることでしたら」
「しかしだからと言ってあなたの疑いが全く晴れたわけではないことは承知しておいてください」
本間がそう付け足した。
「わかりました」
影山は三日月が満足そうな顔をしたので、ここで話は終わったのだと思った。それで本間と三日月にコーヒーをもう一杯勧めたが二人は用が済んだので帰ると言い出した。
「それでは暮地さん、また連絡します」
二人の刑事はそう言うと影山に頭を下げて玄関に向かって歩き始めた。その時だった。影山は二人に聞き忘れたことを思い出したので二人に声を掛けた。
「その行方不明の息子さんの名前はわかりますか?」
「悟です」
影山の声に三日月は立ち止まり、振り返りながら答えた。
「悟?」
するとその名前に暮地修が反応した。
「林悟です」
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