追憶編 それは命を捨てる様な

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まるで逃亡劇のようなものだった 彼の行くところはすべて異形が数多くいる地で、俺が追いつくたびに白い頬を血で汚しながら彼は立っている 3度だ 俺の目の前で3度転移をされて逃げられたあとは諦めたのか、俺がついて行っても目の前で空間が揺らぐことはなかった 俺はこれ幸いにと少し後ろの隣を歩きながら、目の下にある艶やかな髪を眺めていた 彼の目は相変わらず暗く澱んでいる 夜に結界を張り眠りにつく時、唸る声と共にもがくように手を動かすのをなん度も見ていた 僅かな睡眠しか必要としない体で良かったと思いながら木の根下に寄りかかり、抱き寄せる 手は服を握り、かつて異形に襲われていた親子が子にしていたようにトントンと背中を叩いてやると落ち着くのか、眠りに落ちてゆく 朝になり目が覚めたあとも、俺の腕の中でぼうっと手を眺めるようになったのはいつからだろうか まるで傷ついた動物が少しずつ心を許していくかの様に 起き上がった彼はすぐに外套を羽織りフードをすると、歩き出す 俺も後についていこうと立ち上がった時、不意に歩き始めていた足を止めて彼こちらへと向いた 今まで頑なに閉じていた口を開き、一言「イリステラ」と呟いて それが彼の名前だと認識するのに数秒とかかったが、俺がもう一度その名を呼ぶと彼は振り向いた 負の感情に染まった目は、ガラスの様に俺を映していた 異形と戦い始めてから10年余り、彼と出会ってからは2年と過ごしが過ぎたとある夜、少年と付き添う様に立つ二人の人間から声をかけられた その日は昼夜問わず波の様に進行する異形を相手取り、お互い囲まれながらも黙々と屠っていた最中のこと 周りを囲んでいた異形の体に一直線に線が入ったかと思うと、血も何もなく線からサラサラと砂の様に崩れていったのだ 黒い砂が積もった先にいたのは、剣を振り抜いた姿勢で息を切らした少年の姿 隣の女が祈りを捧げた途端、体から抜けた金色の光が少年に吸い込まれてゆくのが幻想的だった 光を取り込んだ少年がもう一度剣を振るった時、俺たちを通り過ぎたはるか後方までいる異形の群れを砂に変えた 地平までをも黒く染める数を、だ 少年は数度息を整えた後、剥き出しの剣を鞘に戻した少年は俺達の方へと駆け寄った…“神の気配”を漂わせながら 「異形共が街へと行かずに渦巻いていたのは貴方方が引きつけてくださっていたのですね。ありがとうございます!おかげで、街は軽度の被害で済んだ」 「お二方、すごいですねぇ!私、あれだけの異形と戦えている方を見るのは初めてです!」 「いや…別に」 「……」 もうそれだけの時が過ぎたのかと イリステラが彼らの事が見えていない様に体の汚れを払い、何処かへいこうとするのを腕を掴んで止める 俺の予想が正しいのであれば、この人間と共に行動する事こそ彼の願いそのもののはずだから 「見たところ異形を倒して回っている二人組の旅人ではないですか?黒い長髪と紫の目、金髪に新緑の目を持つエルフ…噂になっている容姿と同じです」 「用件を言え」 「…下手な取り繕いはせずに単刀直入に言います。僕はリュミエール。神の宣託を受け異形の王を討ちに行くために旅をしています。僕が先ほど放った技はそう何度も使える物ではない。僕達は貴方方の力が欲しい」 「…異形の、王を…だと……っ!」 興味がないという様に遠くを見ていたイリステラがリュミエールに掴みかかろうとするのを、手を引いて止める 「それを殺せば異形は消えるのか!」 「落ち着け」 「煩いっ!討つと言うのなら場所を知っているんだ「場所なら俺も知っている」…は」 「…俺も一度そう考えて試した事がある」 呆然と俺を見る彼の耳元で、目の前の人間には聞こえないぐらいの声で話す 目を細めながら思い出したのは天光と別れてすぐの出来事だった
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