古の夢のありかで

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「英雄様ーーー!」 「ありがとう、ありがとう!!」 人々の歓声と二階窓から大通りへと降り注ぐ花びらの雨を浴びながら歩く 先頭を歩く少年はこの国の王子だと旅の中で聞いた 手を振る少年と聖女はにこやかな笑顔で応え、斥候の男は気分良さげに手を振り返していた 行先には異形の根城である黒の城とは比べるまでもない大きな城が、堂々とした佇まいで門を開いている 整列した兵士だろう全身鎧が槍を天に掲げるのと同時に、高らかにラッパの音が鳴り響くのと同時に城門が開かれた そんな一層強くなる歓声と陽気な音楽を、どこか遠い出来事のように感じているのは私だけなのだろう 異形が無くなった今、全ての人々は歓喜に満ちているのだから 大国の王子である少年と共に旅をしていた聖女と斥候は、異形の王を倒すために集められていた 宗教国家に属し人々を癒していた聖女、冒険者という組織に所属している最高ランクの斥候 3人で始めた旅に、途中で加わった君達も呼びたいのだと言われたのは黒の城からの戻り道 私と、もう1人の男に向けて手を差し伸べて、一緒に祖国の土を踏んでくれと眩い笑顔で言った 私には眩しすぎる希望に満ちた笑顔 私の心はここにはない 過去に、すでに無くなってしまった故郷と一緒に燃え尽きている 炎の記憶が私の身を焼くように 遠くで聞こえる滑らかな音色 ふらりと外へと繋がる道を歩く私の手を掴んだのは、一緒に旅をしていた竜人の男 「どこかへ行くのなら、俺も連れて行けと言っているだろう」 私の手を掴む角張った掌 そのまま背中から腕の中に囚われ温かな体温が分け与えられる 黒い髪の隙間から覗く紫紺は…どうしてこんなにも熱く、強い感情が込められているのか いつも何かあるたびに私を気にかけていた彼は、全てが終わった後も変わろうとはしない 「どうして」 「お前の側に居たいから。俺にはお前が必要だからだ」 「ーーー私には、必要無い」 私には勿体無さすぎる…私なんかに構わないで欲しい 空が見える庭園 遮るものの無い空間で初めて使用することができる転移魔法 何を見たのか、漏れてしまった本音に体に回されていた腕が緩む そこから逃げ出し捕まえようとする手を振り払い、かつて同胞達と笑いあった場所へと 「イリステラ!」 私の名前を呼ぶ声を振り払う 魔力の構築はすぐに終わり、伸ばされた手が私に触れる前に…今は無き里があった大樹の森へと飛んだ 大樹の森は、何もかもを飲み込んで久しい それでも守り神の大樹は変わらずにそこにある 大樹に寄り添う様に座る精霊様も変わらずに 私もこの先ずっと、変わらずに生きていかなければいけないのだろう 死ぬことは許されないーーでも……私はそれすらも 勝手に涙が溢れてくる 「…里を滅ぼした者は消えた」 『イリステラ…』 「それなのに守るべき里も、守るべき者も帰ってはこない……私の命は限りなく続く」 「大樹の精霊様、私を眠らせてくれないだろうか。私はもう、疲れたんだ…何も考えられない………」 『……そう。いいよ、おいで。僕が君の心が癒えるまで守ってあげるよ…愛しい子』 「ありがとう……ごめんなさい」 「…同胞達を守れなかったことを、どうかゆるして……」
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