追憶編 それは命を捨てる様な

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人の世では竜体は大きすぎる 生まれて初めて取った人の姿は何とも脆そうで頼りないものだった 鬣は長い髪に、強靭な手足は褐色色の手足に 唯一髪の色と目の色に元の配色を残すのを、湖畔に反射する姿で見た 動きを確かめるために手を開いて閉じてを繰り返して、動きを阻害しない程度に服を着る しかし、竜である時の力は使える 背中から出ている翼を羽ばたかせながら、黒い影を見つけ次第葬って行った それは偶然だった 大きな異形の塊を引き裂いた時、ふと遠くに気になる音が聞こえて振り向いた 山のそのまた向こう 手についた紫色の血を雑に振り払って目を細めて見えたのは、美しく練り上げられた魔力の動きだった 本能の赴くままに翼を広げて空へ登り、飛ぶ 瞬く間に山を超えて音の鳴るほうへと向かった先で見えたのは、俺よりも多くの異形に囲まれた姿 光が貫き、蔦が黒い影を束縛する まるで踊るかのように異形を屠る魔法使い 隙を縫うかのように迫った黒い刃を潜り込ませた体で防いでから数十秒後、辺り一体の地面を濡らす紫色の血の上に立っていたのは俺と、彼だけだった 「……」 肩のあたりで不揃いに切られた髪に銀の装飾、血に濡れた服、手に持つ杖は透明な宝石が嵌め込まれている これだけ見ればただの魔法使いだが……只人ではない証である長い耳と、何処か人とは隔絶した空気を纏っている そして何より…絶望と慟哭、懺悔、後悔と、悲しみの感情が混ざり合って光をなくしたような瞳が俺を見ていた 「ーーおまえ、名前は」 「……」 俺の問いに答えずにふらりと歩き出す彼の背を追う 彼が目的としている事は俺と同じそうだと一つ頷き、拒絶されなかったのを良いことについて行くことにした 翼は使わず、彼の足に合わせて 彼の戦い方は踊りのようであったが、それと同時に自身を全く顧みないものだと気がついたのは何度目かの戦闘の後 服の破れ具合から見てもそうじゃないかとは思っていたが、こう何度も目の前で攻撃を喰らいそうになっているのを見て確信に変わった そして空気を読んで口を噤むと言うことを知らない俺は、彼の事情も何も考えずに口を開いてしまった 「…なぜ自分を顧みない戦い方をする」 「…」 「おまえの強さならば自身の身を守りながら戦うことだってできるだろう。どうして」 「ーーお前に何がわかる」 初めて聞いた声は鋭い刃のようだった ゆらりと蜃気楼のように消え去った彼の魔力の残滓を掴む 目の前で使われた転移魔法の残滓ははるか西の方へと続いている 「……」 彼の言う通り何も知らない…知るわけがない、初めて会ったばかりなのだから だがこのまま放っておけばいつか必ず身を滅ぼす 思考しながら踏み出した足は勝手に西を向いている なぜ男の元へと向かおうとしている? 追いかけようとしている自分がいる? どうせまた逃げられるくせに…心配と僅かな執着が突き動かす 「…まあ、どちらにせよ異形は溢れるほど有る。倒しながら行けば問題ないだろう」 自らの役目を放棄するわけにはいかない…ちまちまとやるのは性に合わないが大きくやると地形を壊して煩いのが湧く すぐに出てきた異形を爪で引き裂きながらゆっくりと魔力の跡を追った
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