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鈴原は会う時は必ずペンとノートを持ってきた。スマホのメモに記録すればいいじゃないかと言ったら書いて記憶するタイプなのだと言ってきかなかった。アルファのしかも今まで学年首席だった人間がオメガの話を聞き必死にメモを取る…校内での悪目立ちは更に加速した。
しかも全てを知りたいというあの発言は嘘ではなく鈴原はありとあらゆることを質問してきた。
「誕生日と血液型は?」
「3月6日、AB」
「家族構成は?」
「父、母、兄の四人」
「好きな食べ物は?」
「肉。肉ならなんでもいい。それに特に嫌いなものはない」
「……」
「何、その間は?」
「いやそういえば顔に似合わず意外と大口でガツガツ何でも食べてたなぁと思って」
「鈴原くんてちょいちょい失礼だよね」
「そう?事実を言っただけだよ」
こちらが嫌味を言っても全く効果がない。たぶん嫌味だと認識されていない。鈴原は変わらず
淡々とメモを取り続けている。
何だかもうコイツの前では優等生でいるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「あのさ、もう呼び捨てで呼んでいい?僕のことも呼び捨てで構わないから」
「わかった。篠原くんは何て呼ばれてる?」
「クラスでは篠って呼ぶヤツが多いけど篠原でいいよ。まあ下の名前でもいいし」
「じゃあ真紘にする」
親しいわけでは全くないのでてっきり苗字で呼ばれるものと思っていた。鈴原の距離の詰め方がよくわからない。
「じゃあ僕も千尋って呼んでいい?」
向こうが下の名前で呼んでいるので合わせたほうがいいかという気遣いで言ってみただけだった。特に深い意味はなかった。だがまるでこれでは鈴原に気があるような言い方だと口にしてから気づいた。やはり苗字呼びにしようと言い直そうとすると
「嬉しい。母さん以外でそう呼ばれたことない」
「そっそう…」
毎日昼休みに質問攻めにされて貴重な休みを奪われ、周囲からは変な目で見られるようになり、おまけに鈴原本人に全く自覚なしの毒舌に耐えている。
鈴原に出逢ってから自分にとってのメリットは何一つ見つからない。
「千尋」
でもこんなことで、名前一つ呼ぶだけで、こんなに嬉しそうな顔するのなら呼んでやってもいいかと思えた。
「お前、ちゃんと笑えるじゃん」
「えっ…今俺笑ってた?」
「千尋」
「なに?」
「別にー?何でもない」
名前を呼ぶと温度も色味も何も感じられなかった鈴原の頬が赤く染まる。やっと血の通った人間のような顔になったと思った。
その日はとりあえず今までのお返しと言わんばかり事あるごとに下の名前で呼びまくってやった。
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