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一週間もするといわゆるプロフィール的なことは聞き終わってしまったのか千尋は核心的な思想めいたものまで尋ねてくるようになった。 「真紘は、第二の性のなかでどの性が一番優れていると思う?」 最近では千尋の無自覚天然毒舌攻撃には慣れてしまい、怒っても無駄なので諦めている。でもこの質問は真紘を苛立たせた。 今日、久しぶりにオメガとして不快な思いをした。 もうすぐ文化祭の季節だ。 ホームルームでクラスの実行委員を決めなくてはならなかった。真紘は生徒会の役員を担っているので除外されるのが当たり前だった。でもクラスの一人が明らかな悪意を込めて真紘を推薦したのだ。 「学年一位の篠原くんならきっと実行委員も兼務出来ると思いまーす」 発言したのはクラスに唯一いる特進落ちのアルファだった。この学校ではすべてのアルファが特進クラスに入れるわけではない。成績が芳しくないものは普通クラスに在籍するのだ。きっとオメガである真紘が首席をとったことと、実際は全く違うのだが最近アルファの千尋にいろいろと教えを問いている様子が気に入らないのだろう。 もちろん断ることも出来た。これは完全に挑発されている。断る方が賢明だった。でも断ればやはりオメガだからその程度なのかと皆の前で白々しくひけらかす様子が容易に想像できた。 担任が制止する前に真紘は「やります」と手を挙げていた。 昔は似たようなことが何度もあった。 真紘がオメガだとわかった途端に態度を変える者、かわいそうな存在と決めつけて自分の優位性を確保する者、まるでオメガを菌のように扱い近寄ることさえ拒む者もいた。もちろんベータもいたがそれらのほとんどがアルファだった。 兄さんや両親のような本当に優秀なアルファはほんの一握りでアルファという人種は本来こういう存在なのだということをすっかり忘れていた。近年オメガの人権保護がうるさいくらいに叫ばれていてオメガへの侮蔑の言葉は格段に減ったがやはり奴らの本質は変わらないのだ。 「ずっとアルファだと思ってた。でも本当にそうなのか?アルファというだけで威張り散らして中身がすっからかんな奴より僕たちオメガは下なのか?そんなに優秀なら何でオメガのフェロモンに逆らえないんだよ。自分でどうにかしろ。何でオメガばかりが責められなきゃならない。っていうかアルファの理性を崩壊させられるのがオメガだけなら、オメガこそが一番優れてるんじゃないの?」 アルファである兄や家族には決して言えなかった長年の鬱憤を思わぬ形でぶちまけてしまった。 最後の言葉は行き過ぎた考えなことはわかっている。オメガが一番優位な存在ならどれだけ気分がいいだろう。でも優劣が生まれれば必ず(ひず)みが生まれる。自分はそんな世界を望んでいる訳じゃない。全ての性別が平等に評価される世界を望んでいるのだ。 横を歩いている千尋はずっと黙っている。 さすがに気分を害しただろうか。変人すぎて忘れていたが千尋もれっきとしたアルファだった。しかしこれでへそを曲げるようならもう千尋との付き合いは切ればいい話だ。 「……すごい。すごいよ真紘」 しかし沈黙を破った千尋からは予想の斜め上をかっ飛んでいくような答えが返ってきた。 「そうだよ。この世界の一番はオメガなんだよ。真紘がそれをまさに証明してる。アルファなんて何の価値もない。この世からいなくなればいいんだ」 「いやいやいや!そこまで言ってないから!」 全力で否定した。 アルファのことは好きではないがいなくなられては困る。家族が全員いなくなってしまうことになる。でも千尋の耳に真紘の言葉は届いていないようだった。 見ると千尋は初めて会った時のように頬をうっすら赤く染めている。これは照れている訳ではない。照れとは微妙に違い、千尋は興奮するとこういう顔をする。これは最近わかったことだ。それは自分が従うべき神に、思考に、ようやく辿り着いたと言わんばかりの恍惚の表情だった。 千尋の思考回路は相変わらず理解不能だ。でもここでようやくミステリアスだった千尋という男の一面が見えた気がする。 「千尋はアルファが嫌いなのか?自分はアルファなのに?」 「うん」 「だから、オメガになりたいのか?」 「そう」 「何か…アルファに嫌なことでもされたのか?」 「直接的にはされてない」 「それってどういう意味?」 「……」 最近思い初めていたことだが千尋はずけずけと無遠慮に真紘のことを聞いてくる割に自分のことは全く話さない。そのことを真紘は不公平だと感じていた。なぜ素性もよくわからない、おまけに少し頭のおかしいアルファにこんなに自分のことを曝け出しているのだろうかと。自らのことをこんなにも話しているのだから千尋も自分のことを話す義務が、それを聞く権利が自分にはあると思っている。 「お前、人のことは何でも聞いてくるくせに自分のことは何も話さないよな」 「話しても面白くない。真紘は俺のこと知りたいの?」 「え…いや別にそう…いうわけでもないけど」 知りたいと言うとこちらがまさに千尋に興味津々みたいでそう答えるのは(はばか)られた。 「じゃあ俺は今からバイトだから。真紘は予備校だよね?」 「あっうん」 気づくと自宅マンション前に着いていた。 千尋はこれからここの一階のコンビニでアルバイトのようだ。 「じゃあまた」 素っ気ない挨拶を交わし千尋はコンビニの中へ消えて行く。 千尋には真紘の自宅がこのマンションであることも今日は予備校の日であることも知られている。でも自分は千尋の家すらどこにあるのか知らない。知っていることはコンビニでアルバイトをしていることとアルファが嫌いなことだけだ。 「何なんだ、アイツ」 ぼそりと呟きながらエレベーターのボタンを押した。千尋に興味があるわけでは決してない。 不公平が嫌なだけだ。 ただ自分は常に平等でありたいだけなのだ。
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