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実行委員になって一つだけ収穫があった。学年で男のオメガは一人だけだと思っていたが何と隣のクラスの男子もオメガだったのだ。 興奮してつい千尋から絶賛されたオメガがヒエラルキーのトップだという考えを披露したら案の定引かれた。やはり変人の意見を鵜呑みにするのではなかったと反省した。 文句の一つでも言ってやりたいところだったが、文化祭が近づくにつれ実行委員と生徒会の二足の草鞋は徐々にキツさを増していった。昼休みも突発的に打合せが入ったりして千尋とはもうかれこれ一週間近く会っていない。 そしてまた再び部屋も惨状になりつつある。以前より進歩したのは冷蔵庫に何もないことは分かりきっているので部屋に上がる前にコンビニへ寄れたことだ。ついでに千尋がいたらクレームを入れてやろうと思っていた。 しかし入店してもいつもこの時間レジにいる千尋の姿はなかった。軽く店内を見渡してもそれらしき人物はいない。金曜日は大体シフトに入っていたと記憶していたが間違いだっただろうか?まあいい、とにかく短時間で空腹感を満たせそうなものを探す。今日は疲れがひどく弁当というよりも糖分を欲していた。スイーツコーナーを物色しようと腰を屈めると体がぐわんと揺れた。地震だと思った。でも周りの客も陳列されている商品も何一つ動いていない。不安定になっているのは自分だけだ。自分だけが揺れている。 立っていられず思わずその場にしゃがみ込んだ。 「真紘どうしたの?」 上から聞き慣れた声がした。 眩暈がひどく顔を上げられないので何とか目線だけ声の方へ向ける。そこにはこれから品出しをするのか大きなトレーを持った千尋が立っていた。 「顔、真っ青だよ?」 トレーを床に置くと千尋も隣にしゃがみ込んだ。背中に手を当てて顔を覗き込んでくる。いつも無表情なその顔は珍しく少し戸惑っているように見えた。 「別に、大丈夫」 言葉とは裏腹に立ち上がれなかった。頭がぐわんぐわんと回転している感覚がとれない。 「救急車、呼ぶ?」 「呼ばなくていい」 そこは強く否定した。 一人暮らしの生活も満足に送れず、高校生ごときの委員の仕事すらこなすことが出来ないなんて絶対に周りに知られたくなかった。ましてや眩暈を起こして救急車など絶対に御免だ。 こんなことも出来ないのかと、オメガにはやはり無理だったときっと失望される。そんなふうには絶対に思われたくなかった。 第一、家はこの上なのだ。何とか這いつくばってでも帰って寝れば治る話なのだ。 「帰る」 ゆっくり立ち上がると一瞬視界が真っ暗になった。立ちくらみだ。でも立つことは出来たのだから何とか帰れそうだ。よろよろと歩き出すと千尋に腕を掴まれた。 「待って」 「なに?」 一刻も早く帰って横になりたいのだ。 待てるわけがない。 「3分だけ待って」 そう言い残すと千尋は足早にバックヤードへ消えていく。まずい、頭痛と吐き気もしてきた。待てと言われたがこんなところで醜態を晒す前に早く帰らなければと再び足を動かし始める。 入り口のドアが開いたところで後ろから片腕を掴まれた。 「家、何階?」 振り返るといつの間に着替えたのかコンビニ店員からいつもの制服姿になった千尋がいた。 千尋に根掘り葉掘り聞かれてこのマンションに住んでいることは教えたが部屋番号までは言っていなかった。 「何?なんで…?」 「バイト上がらせてもらった。家、一緒に行く」 「別にいいから」 手を振り解こうとするとそのまま倒れそうになる。今度は腰をがっちりと腕で固定された。ぐいっと引き寄せられると身長差があるためか足が浮きそうだった。 「家、何階?」 今度はやや強い口調で聞いてくる。怒っているわけではないが何か逆らえないような強さを感じる。千尋のくせに生意気だ。突然アルファっぽさを出されてムッとしたが言い返す元気はない。 「702」 半分引きずられるようにしてふらふらになりながらエレベーターホールへと向かう。 昔から弱いところを見せるのはたとえ家族でも嫌だった。オメガになってからはなおさらだ。 弱者が弱みを見せればさらにつけ込まれる。 だから常に完璧で強くありたかった。 でも千尋は変人だ。気を使っても仕方ない。 それに千尋に文句を言いたかったのだ。 だからこれはちょうどいい機会なのだと眩暈と闘いながら自分に言い聞かせた。
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