プロローグ

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プロローグ

 篠原真紘(しのはらまひろ)は緊張しながらその場へ向かっていた。 でも決してそれを周りに悟られてはいけない。とりあえず確認をしに来たのだというさりげなさを装わなければならない。高校入学時から試験では毎回5位以内をキープしている。だが1位だけはいまだかつて取ったことがない。 ここ最近は2位がお決まりのポジションだった。1位はアルファ特進クラスの鈴原千尋(すずはらちひろ)がいつも居座っている。しかも毎回僅差で敗れることが多い。 最初は特にただの特進クラスのアルファとしか思ってなかったのにこうも名前が似ていると妙に意識してしまい気付けば勝手にライバル視していた。 この学校はなぜこんなに名前が似通った生徒が多いんだ。思わずため息が出た。確か隣のクラスにも名前が似ている生徒がいたことを思い出した。 廊下を進みながら窓ガラスに映った自分が目に入った。恵まれた容姿をしていることは自覚している。小さい頃はよく女の子に間違えられることが多かった。ピンクブラウンの髪に男にしては白い肌、猫目の目は大きくまつ毛も長い、そして首には黒いチョーカーがついている。 そう、幼い頃はアルファだから容姿も恵まれているのだと周りも自分自身も信じて疑わなかった。父も母も兄もみなアルファだし篠原家は生粋のエリート一家だ。 だからオメガの判定を受けた時は落ち込んだ。 なぜ自分だけがーと。 オメガとわかってからも家族は変わらず察してくれたが、時おり腫れものに触るように扱われることが次第に多くなっていった。 少し頬が赤いだけで、少し発汗しただけで、発情期ではないかと心配される。家にいると過剰な気遣いをされることが当たり前になっていた。 でも今のところ発情期も薬で抑えられているし何ら問題はない。それに病弱な兄とともに篠原家を支えるため自分が頑張らなければならない。 長年、篠原家は大手製薬会社の傘下に属し主に新薬の研究、開発を任されている。今真紘が飲んでいる抑制剤も父が開発に携わったものだ。 将来自分ももちろんその道に進むつもりでいる。 オメガへの偏見や差別はいまだ根強い。社会に出ればオメガというだけで一歩出遅れる。そうならないために周りが文句を言えないくらいの人間になりたかった。 だから一学校のどこぞのアルファになんて負けるわけにはいかないのだ。 アルファである両親と兄のことは心から尊敬している。でも世の中にはただアルファというだけで傲慢で性根が腐っている奴らが大勢いる。そんな奴らには絶対に負けたくないし、オメガの前で理性がきかなくなるなんて、問題があるのはアルファのほうではないかと真紘は常々思っている。 「おーい!(しの)!」 もうすぐ試験結果が貼り出されている掲示板の前に着くというところでクラスメイトの一人が大きな声を上げた。「早く!早く!」と急かしている。その様子から今回こそは自分の待ち望んでいた結果だったのではないかと期待が高まった。 「篠すげーじゃん!アルファに勝っちゃうなんて」 思ったとおり掲示板には一番上に自分の名があった。やった。ようやくあの鈴原に勝った。 でも点数を見ると2位とは1点しか差がない。英語のスペルでも間違えたのだろうか。でもたとえ1点でも勝ちは勝ちだ。 「別に。大したことない」 大したこと大有りだが態度に出ないよう細心の注意を払って言った。オメガでもアルファに勝てることが己でやっと証明できたのだ。 今日の夜さっそくこの結果を家族に報告しようと決めた。しかしやはり連絡だけでも先に入れておこうかと思いたち人混みの中を掻き分けていく。 ようやく人の輪から出たところで誰かとぶつかった。 「あっ!すみませんっ…」 見ると真紘の目線の高さに制服の胸ポケットがある。 「…あっ」 長身の男の正体は勝手にライバル視していた鈴原だった。何を考えているのかよくわからない無表情な顔で見下ろされている。真紘は小柄なほうだが決してチビというわけではない。前からデカイ奴だとは思っていたが近くでみるとここまでとは思わなかった。180センチ後半は確実にあるだろうと思えた。 鈴原はよくわからない男だった。黒髪の短髪に切長の目が印象的でほとんど喋っているところを見たことがない。親しい友人はいないのか真紘が見かける時はいつも一人だ。何となく暗いというのとは訳が違う気がした。 あまりに勝てなくて悔しすぎて一時期行動を監視したことがあるが、学校ではいつもぼーっとしていてそこまで熱心に勉学に勤しんでいる様子も見受けられない。そして授業が終わるとすぐに帰っていく。きっとお坊ちゃまでお高い専属の家庭教師でもいるのだろうと真紘は踏んでいる。 「篠原くん、すごいね」 特に話すこともないので立ち去ろうとすると思いがけず鈴原の方から口を開いた。自分のことを鈴原が認識していたことに驚いた。 初めて耳にする鈴原の声は低く落ち着いてた。 そして賛辞の言葉とは裏腹に全く感情がこもっていない。棒読み状態というか抑揚のようなものが全くない。まるで機械が喋っているようだった。 でもそれも負けたことへのひがみなのだろうと思った。所詮この鈴原もアルファという肩書きだけでその程度の人間ということだ。 仕方ない。慰めの言葉でも少しかけてやろう。 「ありがとう。でも鈴原くんもいつもすごいよね。今回はたまたまだよ」 たまたまなんかにするものか。 これを機に首席の座をキープしてやる。 しかしこんな低レベルなアルファには謙遜しつつ器の大きさを見せつけてやらねばならない。 勉強を教えてくださいと下手に出るなら、まあ面倒みてやらなくもない。ひがみでもこの優秀な自分に声を掛けたことは褒めてやろうと思った。 しかし次の鈴原の言葉に絶句した。 「本当にすごい。オメガで1位を取るなんて」 先ほどとは違い、ほんのわずかではあるが鈴原の顔が緩んでいる。それが余計に苛立ちを増幅させた。 ーオメガ(・・・)で1位をとるなんてー? オメガなのに、オメガだから、オメガのくせに…第二次性を理由にされることが真紘はこの世で一番嫌いだ。 前言を撤回する。 コイツは低レベル以下のゴミカスアルファだ。 「いたっ!」 かかとで思い切りどでかい鈴原の足を踏んでやった。わざとやっていることはもちろんわかっているだろう。でもこんな価値のない相手にいい子を演じる必要など全くない。 「じゃ、僕急いでるので」 真紘は鈴原に冷たい笑顔を向けると颯爽と教室へと帰って行った。 ※前作「どうしようもない僕ら」5話とリンクしています。素人のため設定がいろいろ甘々なところはご容赦ください。
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