接触者

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 そんな新菜と、いざとなれば自分のことしか考えられなくなってしまう鉄雄とでは、そもそも吊り合うわけがないのだ。  そして軽トラックを福野屋の裏手の駐車場に停める。  ロサンゼルスのジャパニーズ・マーケットには驚くほど日本人に馴染みのある食材が並んでおり、福野屋の仕入れはもっぱらそこで買い込むことが多い。クリスマスの二日間は店を休むため、今日の仕入れ量は控えめだ。 「レイモンド、少し手を貸してくれないか」  鉄雄は裏口を開けてレイモンドを呼ぶ。 「この時期のビール樽はこたえるだろう。アメリカンはビールとアメリカンフットボールが大好物だからな」  仕込みをしていたレイモンドがフランクに笑いながら店から出てくる。今やレイモンドは鉄雄のことを実の息子のように可愛がってくれているし、鉄雄もレイモンドを信頼している。  この時期のアメリカではアメリカンフットボールのクリスマスボウルという大きな大会があるため、ビールの消費量が普段と比べて特段に多くなるのだとか。そのため、ビールだけはいつもの四倍の量を買っておくように言われていた。量にして4バレル。1バレルが160リットル弱なので、およそ640リットル。これだけで軽トラックの積載量を遥かにこえる重量で、荷台が沈むのも納得だ。  かく言うレイモンドもロサンゼルス・ラムズとチャージャーズの大ファンで、店内のテレビでは常にスポーツチャンネルが流れている。  日本料理屋の雰囲気を損ねるとのことで菜津子さんは、店内にテレビを置くことに反対したが、普段は妻に頭の上がらないレイモンドが珍しく折れなかったため、今でも菜津子さんと新菜は仕事中にもかかわらずスポーツ中継に夢中になるレイモンドには苦い顔だ。  軽トラックの後方のアオリを切って、荷台の高さまでハイアップしたハンドリフトに鉄雄とレイモンドの二人がかりでビール樽を転がしてゆく。  力仕事と食事量の多さから、日本にいた頃よりも少し体が大きくなった気がする。  ビール樽を運び終えると、菜津子さんと新菜が注ぎ口となる専用のカプラーを取り付けていく。 「チャージャーズがアチャーをやらかすとビールがガロンで無くなるからな」  アチャーとはロサンゼルス・チャージャーズのちょいミスのスラングで、チャージャーズのファンからすればもはやお家芸で、福野屋で働くようになってすぐの頃にレイモンドが何度も言っていて、新菜に訊いてその意味を知った。 「そんなこと言って……。一番飲んでるのはパパのくせに」  新菜がちくちくと小言を言うのも、レイモンドは試合が白熱すると仕事そっちのけでビールを飲みはじめるからだ。
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