地球意思

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 昼日なかのリトルトーキョーでは英語にまじって日本語ではしゃぐ子供たちの声も聞こえる。そのなかには鉄雄のように、あの地獄の夜を経験した者はいるのだろうか。それとも同じように、どこかでこうして心を閉ざしているのだろうか。  新菜からは何も聞かされていない。思えば新菜の両親だってここへ来て最初の数日しか顔を見ていない。  こんな奴、拾わなければよかっただなんて思っていないだろうか。思っていても何もおかしくない。  すると、くるくると腹の虫が鳴く。べつに生きたくて今ここにいるつもりなんてないのに、この期におよんで腹が減る自分の体が情けない。  ――お腹が減ったらご飯を食べる。それだけで死ぬことなんかよりも生きることのほうがずっと簡単なんだから。  先ほどの新菜の言葉が胸を刺す。生きる。生きるとは、どこまで残酷なことなんだろう。  重い体で毛布から這い出ると、靴もはかずにベッドから下りる。日照りを浴びた床がほのかに温かい。ひたひたとテーブルに向かい、ブロックパンの包装紙をめくってひと口大に千切って口に入れる。  味のしないパンを咀嚼しながら考えてみる。この部屋にはテレビもラジオも何もないし、新菜は外のことはほとんど何も教えてくれない。それは、もしかしたら自分の足で外に出て、この目で見てみろという、新菜なりの不器用な優しさなのかもしれない。  次はトマトスープ缶に手を伸ばし、タブを起こして蓋を開いた。もう一度千切ったパンをスープに浸して口に入れると、今度はトマトスープの味がした。  黒肉は……。あの夜に焼け死んだ人間の姿を思い出すので今まで手をつけなかったが、勇気を出しておそるおそるアルミホイルを開くと、思っていたよりも真っ黒だった。  一度も使ったことなどないのに、カトラリーは新菜が食べ物を持ってきてくれるたびに新しいものに取り替えてくれている。フォークとナイフを手に取り、黒肉を切り分けてみると、断面は鮮やかなピンク色だった。  決して食欲があるわけではないし、未だに自分が生きたいのか死にたいのかすらわからない。確かなことは、まだ死んでいないという事実のみだ。  口に入れてみる。スパイスが利いていて、とても味が濃い。  水分がほしくなり、床に置かれていたジェリ缶を傾けてコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。  ぽろりと涙がこぼれた。  それがどんな感情を意味するものなのか、考えることを放棄しすぎて今やわからない。  それでも、生きてる……。生きてる……。  食欲がよみがえった気がして、ふと、豚汁が好きだったことを思い出す。白飯と豚汁が食べたい。欲を言うなら沢庵漬けもほしい。
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