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半年ぶりの満腹感に、ブロックパンを包んでいた油紙で涙をぬぐう。涙の跡が少し擦れて痛かった。
――泣いていたなんて気づかれないよな?
今さらながら、日本を思い出して泣いていたなんてことが恥ずかしくなってきた。
小さなアパートの二階から見える路地では無邪気な子供たちが現地のなんというのかわらない遊びをしている。
あの焦土と化した日本もアメリカも、このリトルトーキョーも、すべてが地続きの世界で、誰もが地球意思による大災害の当事者なのだ。もしかしたら、ここにもまた地球意思が現れて、すべてを消し去ってしまうかもしれない。
だからだろうか。新菜は鉄雄に対して、つらいのは自分だけだと思うな、なんて言葉を一度も言ったことがなかった。半年間もの間、ずっと何もしようともせずに自分の殻に閉じこもっていたのにだ。
悩むのはもうやめだなんて、とてもじゃないが、まだ言えないけど、このままじゃ駄目だなんてことくらいわかっていたはずだ。
新菜が開けたままにしておいてくれたドアから部屋を出る。
誰もいないアパートのエントランスを抜けて通りに出ると、窓からではわからなかったが、リトルトーキョーの街並みは日本かと問われればどちらかと言うとアメリカだが、随所に日本を思わせる建物もあって、込み上げる感情をぐっとこらえた。
「あ、ニイナの彼氏が出てきた!」
子供の一人が日本語で鉄雄を指差し、周りの子供たちも、ひゅーひゅーと生意気に煽る。
知らないうちに外ではそんなふうに噂されてたのか、と、取り上げて何かを指摘しようとは思わなかった。もし噂の相手が深雪先輩だったら……どう感じただろうか。
どうでもいい。
そういえば新菜は広場で仕事があると言っていた。広場がどの方向にあるのかもわからないし、いくつかある広場のひとつかもしれない。かといって、生意気なクソガキどもに道を訊ねるのも尺なので、それっぽい方角に向かって歩くことにした。半年もここにいたというのに、知っている人物といえば新菜くらいしか思いあたらなかった。
こうして思い腰を上げて外にいる姿を見たら、なんて言うだろう。
適当にほつき歩いていると、アパートとはほぼ目と鼻の先にある広場で新菜と……その両親の姿を見つけた。
鉄雄がどんなふうに声をかけようか迷っていると、その姿に気がついた新菜が大きく手を振ってみせる。
鉄雄が新菜に歩み寄ろうとすると、隣で地獄の夜から救助された日本人にスープを配る新菜の父親が英語で遮った。
「ごめんなさい」日本語を話したのは母親のほうだった。「この人、あんたがまだここに来たばかりのときに新菜に言ったこと、ずっと怒ってるの」
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