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何か、新菜を傷つけるようなことを言っただろうか。
鉄雄は思い出してみようと必死になるが、ずっと自分のことばかりで他人のことなど考えたこともなかった。そんなことでは思いあたる節もない。当たり前だ。
「いいのいいの、あたしは全然気にしてないから」
そう笑って手招きをする新菜だが、父親はさらに英語でまくし立て、それを許そうとはしない。どうやら、よほどひどいことを言ってしまったみたいだ。
そして新菜は鉄雄の赤らんだ涙の跡を見て、にかっと笑う。
「もしかして泣いてたの? よかったね。まだそんな感情が残ってたんだ」
そんな彼女の歯を食いしばって、無理にでも笑う表情が、どこか健気に感じて、まだ笑顔を作れない鉄雄はそれっぽい表情で濁してみる。
「俺、なんかあんたにひどいこと言ったみたいだけど、自分のことばかりで何を言ったか覚えてなくて、それでも気分を悪くしたなら謝りたいんだ」
「いいよいいよ。ちゃんと泣けたんだから、あたしはべつに気にしてないし」
どうやら涙の跡は本当に見抜かれてしまったらしい。そんなにひどい顔をしているのだろうか。だけどまだ、感情は残っていた。決して空っぽなんかではなかった。
ちゃんと泣けた――ここしばらく目を閉じ、耳を閉じ、口を閉じてすごしてきた。
あの涙は、ずっと閉じ込めていた感情の決壊だったのかもしれない。
ようやく思い出した。鉄雄があのとき新菜に言った言葉は、何も失っていないくせに偉そうな口を利くな、だ。
「ごめん。みんな大災害でいろいろ失ってるんだよな。俺だけつらいなんて思って、本当にごめん」
その言葉に新菜の父親は溜飲を下げてくれたようだ。筋骨隆々のコワモテだが、どうやら悪い人ではないらしい。今のところそんなつもりは無いが、打ち解ければとてもいい人なのかもしれない。
「何言ってんだい。口で謝っておしまいだなんて都合がよすぎるよ。ただでさえ男手が足りてないんだ。その気になったんなら、これからはシャキシャキ働いてもらうからね」
新菜の母親に追従する父親のほうも英語で何かを言っているようだが、英語は苦手な科目だったため、なおかつネイティブの発音でまくし立てるため、何を言っているのかはわからない。これは学ぶ必要がありそうだ。
新菜はとてもいい家族に恵まれていると思う。
鉄雄の家族も、今や記憶のなかで喧嘩したり仲直りしたり、スマホで好きな動画を好きなときに観られるというのに、金曜の夜にテレビで放送されるロードショーを観るときだけは、なぜかリビングにある大きなテレビの前に集まっていた。
「で、俺は何をすればいい?」
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