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「あんたがヴォルガ・ヴァリスの言うニイナ、でいいのよね。あんた……こいつらにいったい何をされたの?」
「何って……何が?」
不思議そうに小首をかしげるニイナ。考えたくもないような嫌な予感が脳裏をよぎる。
「安心しろ春花」純白の少女――ビッキーが言った。「そこのところは飯でも食いながらゆっくり話すとしようではないか。私のことについても、な」
そしてムスタファとレミーが席に着き、ニイナはてきぱきと食事の準備を進める。
ちょうど夕食どきに並べられた料理は豚汁に鯛の刺身、そして筑前煮に主食は白米、香の物としてキュウリの漬け物と、極めて日本的な品揃えだ。
ビッキーは当然のように、いただきます、と両手を合わせる。
春花としては、和食がとても恋しかった。昔は筑前煮のニンジンが苦手だったが、今なら平気で食べられる気がする。だが、問題はそこではない。この料理はビッキーと呼ばれる少女の好みなのだろうか。だとしたらビッキーは日本人であることは確か。だが、腑に落ちない点がある。
――日本が滅んだあの夜、突然海から現れて、本人も自身の記憶が無いんだ。
そう、レミーが言っていた。日本が滅んだその日の夜にアメリカに現れたのだとしたら、もとからアメリカ近海にいたということになる。
すると、筑前煮の鶏肉を箸でつまみ上げてビッキーが口を開く。
「そう難しい顔をするな春花、飯がまずくなる。私自身も記憶が無いのでな、あまり多くは答えられんが、私は今は昔、千年以上前に生きた日本人であることは確かで、接触者であり地球意思そのものでもある」
疑問が増殖するばかりだ。接触者であり地球意思でもあるということの意味がわからない。そもそも、地球意思はずっと概念や現象が具現化した存在だと思っていた。奴らに実体などあるのだろうか。
「きっとビッキーは人魚の肉を食べて不老不死になったんだよ」そう言ったのはニイナだった。「ほら、八百比丘尼伝説。日本じゃかなり有名なんでしょ?」
八百比丘尼だからビッキーか――と、どうでもいい部分だけが腑に落ちた。
「だからといって、接触者で地球意思そのものである意味がわからないじゃない。そもそも、いったいなんの地球意思なの?」
春花の問いにビッキーは難しそうに眉を互い違いにさせながら筑前煮を口に運ぶ。
「私は母性の地球意思。海のすべてを司る。実体は見てのとおりだが、存在そのものは地球上の七十パーセントを占めている。他に聞きたいことは?」
存在そのものが海――。それが本当だとしたら、その強大さは途方もない。そして、どのような加護を扱うのかさえ想像もつかない。しかし、少なくともニイナはこの海そのものの存在に何かをされたに違いない。
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